戦旗三十六人集

 1931年1月、改造社から刊行された「戦旗」アンソロジー小説集。編者は江口渙と貴司山治

 

 われわれの「戰旗」が一九二八年六月一、全日本無產者藝術聯盟の機關誌として、唯一の正しい解放の道を步む藝術家達の手によつて、果敢に創刊されて以來、今日までまさに二年と三ヶ月の歲月が流れた。
 創刊當時、僅かに七千の發行部數しかなかつた「戰旗」は、今や二萬四千の數字を示し、更に、最初は單に、全日本無產者藝術職盟の機關誌にすぎなかつたものが、何時かそれ自身の强力なる成長に依つて、ついに全日本の××的勞働者農民の機關誌にまで發展するに至つた。
 その閒、二回の臨時增刊をまじへて、二十九の號數がかさねられたが、その中で、實に前後十六回の多きに亘つて、發賣禁止の災厄が見舞つた。ことに本年に入つてからは、一月と四月の二回をのぞいた以外の七號は悉く禁止だ。
 この一事を見ただけでも、「戰旗」に對する××が、如何に酷烈極まるものであるかを、讀者は十分に知るでらう。
 だが、××が酷烈を極めれば極めるほど、勞働者農民のますます激化して行く鬪爭にとつて、「戰旗」のもつ役割がいよいよ重大性を增して來た事は、今更私が說くまでもない、そして日に日に重大性を增すからこそ、尙更われわれはあらゆる××の嵐を衝いて、あくまで「戰旗」の發行を持續せしめ、全日本の勞働者農民も、亦、最後の一錢をなげうつて極力それを支持するのだ。
 「戰旗」の成長發展は、同時に又、「戰旗」を中心にして結集せるわが日本プロレタリア作家同盟の成長發展でもある。
 全日本無產者同盟が、一九二九年二月九日、專門別に整理せられて、日本プロレタリア作家同盟に再組織され、全日本無產者藝術團體協議會(ナップ協議會)の組織の中に、新たなる活動を開始して以來、わが同盟の力は、實に眼ざましい進步をとげた。
 光輝ある同盟の旗の下に結成せられたる藝術家の數は、百に近く、そしてあらゆる種類を網羅してゐる。しかもその百は他の藝術團體に見るやうな、漫然たる文學靑年的存在までを取り入れた空虛な百では斷じてない。
 いづれもそれぞれの才能に應じて好く堂々と獨自の活動をなし得るばかりか、何處へ出しても少しも遊色を見ない人達ばかりだ。
 見よ、日本の文壇に於いて、今やわが同盟と同盟員の持つ力は、まさに文字通り壓倒的だ。そしてその事は、單に日本に於いてだけではない。これを遠く歐米に求めてもロシアを解いて、他にこれほど有力なプロレタリア作家のあることを聞かない。
 だが、「戰旗」に對する不斷の××は、同時に、わが同盟と同盟員に對する××でもある。そしてその結果、ついにわれわれの閒から稻次いで犧牲者を出すに到つた。
 われわれは犧牲となつたそれ等の同志達の家族の慰安と救援のためにここに同盟三十六名の作品を編んで一本となし、謹んでその印税を贈ることにした。
 同志の殘されたる家族達の生活にとつて、本書の刊行が何等かの意味に於いて役立つならば、われわれにとつてまことに大きな歡びでなければならない。讀者もこの意味において特にこの一本を手にされんことをお願ひする。

一九三〇年七月二十日
吉祥寺にて 江口渙

(「序」より)

 

目次

  • 序 江口渙
  • 「市民のために!」 小林多喜二
  • 「螢の光」 山田清三郎
  • 堕落 立野信之
  • 黨員 武田麟太郎
  • 妥協はない 村山知義
  • 移住する彼の家 本庄陸男
  • 闘士とその妻 越中谷利一
  • 霧のアパートメント 林房雄
  • 少年 田邊耕一郎
  • 電氣化學獨習書 片岡鐵兵
  • 職工慰安會 貴司山治
  • 燻る 上野壯夫
  • 秩序を保つ者は誰か 江馬修
  • 南葛勞働者 森山啓
  • 子供 藤沢桓夫
  • 山狹の動き 猪野省三
  • 少年決死隊 江口渙
  • 耕地區分表 細野孝二郎
  • 草間中尉 藤森成吉
  • 敗れて歸る俺達 三好十郎
  • 捕虜 槇本楠郎
  • 檢束された彼 岡下一郎
  • 夜刈の思ひ出 中野重治
  • 小資本家 徳永直
  • 異國の土 西澤隆二
  • 再び立上る日の爲に 下川儀太郎
  • 解雇まで 橋本英吉
  • 兄の同志に送る手紙 壺井繁治
  • 解團式 白須孝輔
  • 工場地帶小景 久板榮次郎
  • 窓 窪川鹳次郎
  • 檻の中 波立一
  • 廣場より 仁木二郞
  • あいつ安んぜよ 小林園夫
  • 勞働者の家 窪川いね子

 

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