1981年8月、短歌新聞社から刊行された稲葉京子(1933~2016)の第3歌集。装幀は大越芳江。著者は江南市生まれ、刊行時の著者の住所は杉並区下井草。
昭和五十年秋から、五十六年初めまでの三百五十首をまとめて一冊とし、『槐(えんじゅ)の傘』と名付けました。
この集は、私の三番目の歌集にあたりますが、ここに在った年月を、私は今までになく烈しく歌を思い、歌に執し、歌を得るべき純粋な空間を求め続けました。
そんな私を励まし暖かく見守り続けて下さった皆様、本当に有難うございました。
第一歌集、第二歌集からいくばくの進展をなし得たか、心もとない限りですが、皆様のお力添えにより第三歌集を纏める機会を得ましたこと、本当に嬉しく御礼申し上げます。
題意は、幼い頃何かの折に読んだ見はるかす槐のうへ
空澄みて昼の月かかるにはじまる佐藤春夫の詩に因ります。
それが詩歌との初めての出逢いでしたが、短いその詩句に導かれて、澄み渡ったひとつの風景が私の心に忽然と浮かび上がり、その日から槐の樹は、見はるかす空間に美しい形象を結ぶ詩歌の象徴となって、私の胸深くに沈み今日にいたりました。
槐の傘は、空にかかげやまぬ私の詩歌の傘であり、また、私を覆うたび忽ちに詩の純粋空間を獲得出来る、夢の傘でもあります。
常に、歌が生まれ出る予兆に耀う空間を、傘で画するようにして、まとっていたいとも思います。
大変御多忙ななかを、快く帯の文章をお書き下さった「かりん」主宰の馬場あき子さんに厚く御礼を申し上げます。
十代の頃から私の先達であり、跋文をお寄せ戴いた春日井建氏に心より御礼を申し上げます。
常に暖かく、長い歳月をお導き戴いた大野誠夫先生有難うございました。
(「後記」より)
目次
- 桜人
- 野火
- 玉虫厨子
- 白首
- 北丘
- 蘆刈
- 壺中
- 挽歌
- 飛燕の翳
- 見知らざる日のごとく
- 目覚めたる嬰児のやうに
- 産み忘れたる
- 良寛の眸
- 寒の烏賊
- 木の花の雨
- 緑の傘
- ミッシェル・フォロンの絵
- 均衡
- 澄み透る飢餓
- 碧湖
- 子盗ろ子とろ
- 椿の葉笛
- 「母」を括る
- 骨の雪
- 蘆笛抄
- 生きて別るる
- 雁の列
- 溶鉱のごとく
- 蝶の森
- 無垢なる老い
- 静けき王者
- 罪科ありや
- 傘を忘れぬ
- 水中花
- 秋と呼ばなむ
跋文 春日井建
後記