1981年2月、教文館から刊行された安西均による石原吉郎入門書。装幀は熊谷博人。
この本は、石原吉郎氏の詩作品三十数篇を抄出し、それを解説することによって、彼の詩精神と思想の輪廓を、粗彫りではあるが描き出そうと試みたものである。
「解説」はできるかぎり、石原氏自身と諸家の文章・発言から引用して構成することにつとめ、ガイド・ブックふうなものにした。それらの選択も、つまり私の批評である。
そのほかこの本には、石原氏と私との対談速記録も加えられた。ほぼ三分の一は、かつて教文館版『近代日本キリスト教文学全集』の月報に掲載された。対談からわずか二十八日目に急死した。一九七七年(昭和五十二年)十一月十四日であった。その訃報を私は病気入院中に聞き、ひとしお感慨があった。
石原氏は学生生活を終った翌年には陸軍に入隊し、そのまま満洲で敗戦を迎えた。情報関係の軍務にたずさわっていたため、ソ連に抑留され、軍法会議で重労働刑二十五年の判決を受けた。
囚人として強制収容所(ラーゲリ)生活を送り、スターリン首相の死去にともなう特別恩赦で帰国することができた。時に一九五三年(昭和二十八年)十二月、抑留されて八年ぶり、軍籍に入って十四年ぶり、年齢は満三十八歳になっていた。
以後、満六十二歳で急死するまでの二十二年間に、詩人として異数の作品活動を行なった。その全貌は、昨年夏に完結した『石原吉郎全集』花神社版・全三巻で見ることができる。
詩人・石原吉郎の詩精神と思想は、彼自身がくりかえし言うとおり、ヘシベリア・ラーゲリ体験を原点としている。
しかしながら彼は、その特殊な体験を持ったがために詩人としてすぐれていると言うよりも、人間の自由とは何かという普遍的命題をたえず追求したことによって、すぐれた詩人とよばれるべきである。そしてまた、そのために疲労しはてていったことで、詩人の悲劇を負ったと言うべきであろう。
彼の作品と人物像については、生前から多くの人達が書いてきたが、今後もなお書かれていくに値する魅力がある。
また彼自身が語っていない(というよりも、むしろ隠したがっていた気配さえある)思想と生活の他面も、いくつかあるのを否めない。
たとえば、私も「解説」のなかでごく簡単に指摘しておいたが、キリスト教と彼との内的関係も、その大きな一面であろう。
<私が理想とする世界とは、すべての人が苦行者のように、重い憂愁と忍苦の表情を浮べている世界である。それ以外の世界は、私にはゆるすことのできないものである>――と、石原氏はある年ある日のノートに書きつけているが、これは終生抱きつづけていた、理想的世界のイメージであり信条であったと思われる。
正直なところ、私などの生活態度や信条からすると、それには畏怖の念さえおぼえるほどである。あたかも別々の半球の住人とも言える違いであろう。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 詩作品抄
- 水準原点
- 石
- 夜の招待
- 葬式列車
- サンチョ・パンサの帰郷
- 最後の敵
- 一期(いちご)
- 使徒行伝
- その日の使徒たち
- 事実
- 納得
- 脱走――一九五〇年ザバイカルの徒刑地で
- デメトリアーデは死んだが――一九五〇年ザバイカルの徒刑地で
- Frau Komm! ドイツ難民白書から
- 花であること
- 洗礼
- 橋・1
- 耳鳴りのうた
- 和解 kに
- 色彩・1
- Gethsemane
- 挙手
- 盲導鈴
- 流涕
- 足利
- こはぜ
- 相対(あいたい)
- 死
- 世界がほろびる日に
- レストランの片隅で
- 膝・2
- フェルナンデス
Ⅱ 解説 安西 均一
- 北の原点――プロローグとして
- <シベリア体験>のあらまし・1
- <シベリア体験>のあらまし・2
- 虜囚の詠嘆
- 出発の第一作
- 走る留置場
- 帰ってきた者
- 詩はむずかしいか・1
- 詩はむずかしいか・2
- 詩はむずかしいか・3
- 詩はむずかしいか・4
- 詩はむずかしいか・5
- <事実>とは
- 服従と沈黙と
- <告発しない>姿勢・1
- <告発しない>姿勢・2
- 怒りと報復
- <断念>について・1
- <断念>について・2
- 断念から沈黙へ
- <自由>について
- ある男の像
- コミュニズム拒否
- 信仰について
- 二つのヘ<ゲッセマネ>
- <位置>と<姿勢と>
- <月明>の果に
- 凄絶な晩年ヘ
- 死の詩
- 突然、湧くがごとくに
- キリスト詩とは?
- 神にあまえたアリガタヤ節!
- 神との格闘の詩
- 異郷の神への戦慄感
- 事実としての洗礼
- 神の沈黙のおそろしさ
- 信仰の内容としての気はずかしさ
- 生理的なカタルシス
- 詩と歌と祈りと・呪いと救いと
- 詩は讃美でも、歌でも、音楽でもない!
- 論理の矛盾をのり越える戦慄!
- キリスト像を裏返したイメージ
- 永遠に待つ人間!
- ことばの力
- ヤーウェは神か?
あとがき 安西 均