1979年11月、母岩社から刊行された上杉浩子(1938~)の第4詩集。
『魔界』の構想は、金子光晴先生が昭和四十八年の初夏、西荻窪で色紙の展覧会をなさったころ、すでに考えていて、展覧会を見に行った帰りに、内容を少しお話した記憶がある。
魔界というのは、仏教用語ではいわゆる魔物、悪魔(デヴィール・サタン)の世界とは、少し違った意味を持っている。人間の前世的な業、潜在的な記憶のあらわれとして幻覚として知覚される迷いとか、煩悩や見識の狭さによって物の正しい実相が歪められて見える世界のことである。
坐禅の時など、現実にそのような幻覚を見ることがある。私は、はじめそのようなイリュージョンの世界を捉みてみたいと思った。金子先生にもそう、お話した。先生はちょうど「六道」の資料を探しておられたので、とても興味を持たれ、いろいろ質問してくださったりもして、期待していると言って戴いた。
その後、いったん北海道へ夫の病気療養のために付き添って行き、再び上京して間もなく、金子先生の突然の訃報に接した。翌年になって(五十一年)私は三か月ほどかかって、これらの詩を書き上げた。
長い間、誰に見せることもなく放ったらかしになっていたのを、今年になって母岩社の緑川登さんのお骨折りにより詩集として出版する段取りとなった。原稿を改めて見るといろいろ手を加えたい個所がでてきて、初校のゲラ刷りを真赤にしてしまったりして、大変お手間をおかけした。
そんな間に、長年の支えであり、良き理解者であった夫を私は失った。
夫への追悼の想いを綴った詩をこの詩集の前に出したいのが、現在の心境だが、それはまたその機会まで発表を待つことにして、敢えてこの詩集を世に問おうと思う。
(「あとがき」より)
目次
- 一 筆意
- 二 こころのうた
- 三 禅寺にて
- 四 出立
- 五 行く先
- 六 幻影
- 七 賭
- 八 廃墟
- 九 十三人の私
- 十 私全員の紹介
- 十一 魔物の風景(1)
- 十二 魔物の風景(2)
- 十三 魔物の風景(3)
- 十四 放火
- 十五 焼あとよりの出発
- 十六 海へ出る
- 十七 死神の舟
- 十八 海底
- 十九 骸骨
- 二十 ふたたび海底
- 二十一 難破船
- 二十二 浮上
- 二十三 樹の歌
- 二十四 沼の歌
- 二十五 ゼニゴケの歌
- 二十六 閻魔堂
- 二十七 脱出
- 二十八 天国
- 二十九 阿片吸引者
- 三十 人間たち
- 三十一 母
- 三十二 殺陣
- 三十三 シゲル兄ちゃん
- 三十四 賽の河原
- 三十五 取り引き
- 三十六 閻魔の歌
- 三十七 白いもめん糸の歌
- 三十八 天上の歌
- 三十九 地上
- 四十 狂院
- 四十一 擱筆
あとがき