花蜜園 王榕青詩集

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 1950年8月、馬雪舲から刊行された王榕青の第1詩集。扉題簽は謝氷心。装幀は立石鐵臣。

 

 王榕青――本名は王浦潭――君は、若い中國青年である。中國の青年といっても、本當のところ、臺灣で生れ、もう永いこと日本にいて、われわれと同じ教育を受けた人だから、厳密な意味での中國青年ではないかも知れない。
 私が王君と知合うようになったのは、詩の上からで、時々訪ねてきては、ひとしきり詩に關する話をするのが常である。彼は日本の詩集を漁って集めるのを一つの楽しみとし、また、最近の詩雜誌など熱心に置んでいる。いったい王君のような人が日本の現代詩に、どういうわけで興味をもち始めたのか、私は深く尋ねてみたこともないのだが、誰の場合でも同じように、若い年齢の感受性によることはいうまでもないと共に、日本の現代詩にも、一度それが理解されると非常に面白くなってくるコスモポリタン的の魅力がひそんでいるためであろう、と私はひそかに推察している。そういう意味で、王君の詩作ということは、私に仲々興味ある例なのである。
 その王君が舊作を、「自分の記念のために」(彼自身の言葉によれば)一つまとめてみたいと言う――そして、ここに詩集『花蜜園』が編まれることになった。勿論、いまの彼には、詩人的野心などというものはない。至極のんびりと、自分の氣が赴くままに書いたものとおもわれる。作品は一通り見たが、遠慮なく言えば、まだほんの習作で、取立てて批評すべきほどのものではない。ただ何となく、私には珍らしくて面白いのである。一見稚拙のようで、しかも非常に軽快なところがあり、彼の天眞らんまんで、とても優しい心情があふれていると思う――勿論、王君の日本語は相富確かなのであるが、どこかまた、われわれが使うのと少し違っているのであろう。
 王君は、順境に育つてきた人らしく、その健全な性格に純粋な童心を未だに保ちつづけているようにおもわれる。少年のような驚き、憧憬、熱情があつて、そのため、詩は大變明るく、ロマンティックで、しかも時々一寸皮肉が交ったりする。
 この珍らしい素質を、今後も大いに伸ばして、一方思想を深め、言葉の表現にもつと練達するようになったら、恐らくユニークな作品を創ることが出來るようになるかも知れない。王栓青君よ、これからも大いに詩を書かれることを私はここで祈ります。
(「序/安藤一郎」より) 

 

 

 詩になじまなかった三年前の私がこの第一詩集を出すことになった。これ等の詩は初期のものとして事實私の未熟を示すものである。一つの詩が詩人の精神的燃焼の拔け設と考える時、今この詩集を刊行する意圖はそれ等の抜け殻をピンで留める愛着に外ならない。
 戰前から戰後にかけて私は東京に十五年も在住して來た。從って私も多くの自覚した日本人と同様、精神的罹災者の一人を免れない。戰時私は人質として死刑囚の牢獄にいたと言えよう。私の人生經驗は煤けた小窓の中で眞實を凝視した。私の善意は時に苛酷なその現實を忘却のかなたに見送った。こうした精神的緊張もやがて解放される時が來た。そして外部的な戦後の虚脱と頽廃の一時期に、私の念願が安息であったことは必然的だと言えよう。
 「自由に展開された時間」はこの時私に縁遠いものであつたろうか。だが「安息」の微風も束の間、「生活」のリュックサックが肩にくい下つて來た。それでも私の內部で反動としてつぶやくものがあった。それは甘美な回想と抒情であった。そこに私の救いがあった。それがこれ等の詩をなしているのである。
 この詩集には企畫も方法も示されていない。詩の模索はこれから始まると言えよう近年來、一部の詩人の間で「現實の抵抗」としての詩が唱導され實行されて來た。詩が「文學」であるか「藝術」であるか、又私が今後その何れをとるか、自分にとっても未知の興味である。併し詩人の思考する現實はその時代を離れることは出來ない。たとへ方法としてポエジイを表現するにしても、又はユマニティにより生活を追求するにしても。だが結局詩人は精神的にも物質的にも報いられない「二重の物」を負うものとして未來を象徴するものに變わりはない筈だ。
 詩人の光榮は「精神の自由」を羽博く。「二重の枷」をいとわない詩人は自後「政治」に加擔しないであろう。そこに詩人の潔癖さを私は今後誇りたい。
 最後にこの詩集を出すに當って安藤一郎氏に懇篤な序文を頂いた。のみならず編輯にも少からず助力を賜った。また謝氷心女史からは同郷の誼みをもって即ち私の父祖が福建出身であったことによってこの上梓を記念すべく題簽袋を快諾された。それに兼ねて「文藝台灣」誌上で、台灣の郷土色豊かな挿畫をしてゐられた立石鐵臣畫伯に西川満氏を通じこの美装をして頂くことが出來た。また華光祇土鍾腕氏に特別の便宜を頂いた。
(「跋」より) 

 
目次

序文 安藤一郞

  • 春の跫音
  • 花天國
  • 六月の杜
  • 夏の子供
  • 凉しい顏
  • 來る日も去る日も
  • 七月になつた朝
  • 外苑の朝
  • 少女がたき木を拾ふ
  • 夏の夜のボート
  • 天使と夜叉
  • わが抒情の淡い雲
  • 靑い鳥
  • 愛の虹
  • 愛も別れも
  • 心の太陽
  • 愛の處方箋
  • 母性愛
  • 孤獨の假面
  • 海での望鄕
  • 大地なる母乳への鄕愁
  • 君と僕
  • ポリス
  • ストリート・ガール
  • キヤバレー
  • 花蜜の本
  • 小池の水
  • 大𣟱を悼む歌
  • 心のつぶやき
  • 掘立小屋の机
  • 鎻でつながれたデスク

跋文

 

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