1997年10月、思潮社から刊行された大塚欽一(1943~)の第4詩集。著者は水戸市生まれ、刊行時の住所は水戸市。
かつて大学を卒業して四年程、太陽の黙する森のはずれに立って、奥を垣間見たことがあった。その衝撃は今も脳裏から離れない。そこには私たちの知らない全く別の人生があった。ひっそりと私たちの眼から隠されて。それ以来それは私の大きな関心事であった。意識の深部を探ってゆけば、そこに非日常的世界が蠢いていることに誰もが気付く。それが日常的地表に露出してきたものが狂であろう。だから私たちはその深部を見ないように巧妙に覆い隠しているのである。
今回その森をさまよう人たちを詩に再現してみたいと考えた。勿論彼らの意識の襞裏を辿るのは不可能である。私はただ狂気の表層をなぞっただけである。おそらく彼らを題材にした現代詩はあまりないかと思う。だが現代文明のように限りなく病的と化しつつある時代にあっては、このような試みも意義なしとしないのではないか。言い代えれば狂気の眼こそが現代の不条理あるいは実存に耐えうるのではないかと。ふと詩はもはや狂気の中でしか語られ得ないのではないかという思いさえよぎる。尤もこれはあくまでも想像の産物である。私はこれらの作品の一つ一っに命題を課し、それぞれの命題が彼らの中でどのように解体され再構築されてゆくのかを見たいと思った。ここから何が得られるか、できたら人間にとって根源的な何かが引き出せられたらと思っている。秘かに〈現代に於ける精神病理的事象の詩的神話化〉、あるいは〈負の存在論〉とでもいうべき無謀な企てさえ思っているのだが、非力は如何ともしがたい。ひょっとするとこの詩のなかで精神の放浪者たちを描こうとして、私はただ私という闇を覗いていただけかも知れない。
詩集の最後に反歌を載せた。これは彼らに対する鎮魂の詩に他ならないからである。
(「後書」より)
目次
- 砦
- 貌
- 焔
- 笑み
- 緋の館
- 豊饒の森
- 森の形
- 沈黙の羊たち
- 森の王
- 狂女
- かわせみ
- 足音
- 黄昏
- 染み
- 誘蛾灯
- 闇の河
- 夕立
- メッセージ
- 異形の樹
- 笑う森
- 反歌 ある狂女のためのいくつかの断章
後書