宮城賢 宮城賢詩集 

 1972年5月、国文社から刊行された宮城賢(1929~2008)の第2詩集。装幀は安達三男。著者は熊本県八代郡氷川町生まれ。

 

 私家版処女詩集『亡郷歌』を出してすでに七年の歳月がすぎた。二百部刷ったその小詩集は、この新詩集と交替するかのように、その最後の残部が私の手もとからつい最近翔び立っていったばかりである。まずこのことを私は喜ぶものである。
 その私家版が詩の私道に人知れず置かれた小さな道標であったとすれば、このたびの詩集は詩の公道にいささかの含羞をもって打込まれるわが最初の里程標ということになろうか。
 この詩集に集めたもののうち『亡郷歌』は前記私家版のままに残し、『考現集』および『絵のない木炭画集』は『試行』誌24、30、3号に掲載されたものに若干の字句訂正を施したものである。他はすべてこのたび初めて発表されるものである。
 配列は数群の小詩集から成る一巻の形態をとり、これらをほぼ編年式にならべてみた。時間の自然な流れと共におのれをみつめ直すのが私にはいっとう自然に思われるからである。
 二十五歳のころから、伊東静雄の詩の磁場のなかで格闘しつつ自身の詩の磁場を見いだそうと、詩壇とまるきり没交渉に詩を書き始めて、すでに二十年に近い。私には自分の詩の磁場が僅かずつながら生れてくるのが見えてきた。私はほとんど最初から、電磁石であるよりは永久磁石でありたいと希ってきた。そして、経年的減衰を示さぬ永久磁石でありたいと。そのためには、磁石の内部で絶えざる磁力の生成が必要であろう。この初の公刊詩集を出すにあたっての、これは私の自戒でもある。
 この場をかりて、この新詩集の生誕にまつわる楽しい陣痛記を簡単に書きとめておきたい。
 たしか一昨年の秋、吉本隆明氏から手紙が届き、私の詩を大きくまとめてみたい、いつとは明言できないが試行出版部で出したいから、ぽつぽつまとめてみては、という趣旨の、思いもかけぬありがたいご慫慂であった。それからほどなく三島事件が起き、私は出鼻を挫かれたように打ちのめされ(つまりペンを刀に代えた人の、ペンへの否定を感じて)、ずるずると一日伸ばしに詩集のための原稿整理を怠っていた。しかし私は〈時〉に身をゆだねることによって痛みを処理するすべを動物本能的にも自己体験的にも知っており、ゆっくり時間をかけながら昨年の夏にようやくこれを完了し、吉本氏へ郵送をもって託したのであった。この整理作業は三島由紀夫氏のあの凄絶な死の衝撃から私を回復させるに必要な、そして適当な手続きだったとして、いまは回想される。
 それから更に半年近い月日がたち、今年の初めに国文社の田村雅之氏から、これまたおなじように、私の詩を「大きくまとめてみたい」というお申し出を受けたのである。私は普通便の手紙で吉本氏に相談し、氏は速達便で「大賛成」のご返事を下さった。かくて私はさきに託した原稿を受取るべく初めて吉本氏を訪れて対面し、偶然にもその場へ来合わせた田村氏とも初の対面をし、原稿を即座に手渡すことができたのであった。この、詩のように簡潔にして十全な受け渡し!
 しかも、望外にも、この詩集には、吉本隆明氏の数年前の講演の記録が、氏と川上春雄氏(試行出版部)のご好意で、解説の形で贈られることになった。見ず知らずの作者から私家版『亡郷歌』を送りつけられた『言語にとって美とはなにか』の著者は、すぐさま葉書で感想を返してこられたのであるが、箇条書きふうにしたためられたその手短かな評言は、私をして二、三日茫然と過させるほどな魔力をもつものであった。(おおあの葉書のなんと賞状ほどにも大きく見えたことよ!)そうして幾十日かがすぎたころ、これまた意想外にも、二、三の未知の人から、吉本さんの講演を聴いたが『亡郷歌』をもしあれば預けてもらえないか、という求めが舞い込んだのであった。こうして、それらの人々がつとに数年前に聴き、私は聴くこともなくただ風の便りでその内容を想像するのみであった講演の実録が、いまここに収められるのである。このような〈はなむけ〉をもらった私はまさに果報にすぎるというべきであろう。
 ここに、吉本隆明、川上春雄の両氏、および望外に早く刊行の実現をもたらされた国文社一同と田村雅之の諸氏、ならびにわが詩作の初期から励ましてくれた少数の友人たちと、私に詩を書くことを支えて下さった人々のすべてに、心から感謝をのべるしだいである。そして、私家版の表紙をかいた安達三男氏と再びコンビを組むに至ったことをうれしくおもう。
(「あとがき」より)

 


目次

・亡郷歌

  • みずうみの春
  • 冬の雑木林で
  • 夜の森
  • 早春(Ⅰ)
  • 雨と風の夜
  • 誤解
  • 古い詩集に
  • 亡郷歌
  • ある日旅行家は
  • 晩夏
  • 椅子
  • ぺんぎん頌
  • ランボオ
  • 夢みる貝殻
  • 朝のいそぎ
  • 東京タワーの異変
  • 白昼夢
  • 音楽のおくりもの
  • 地上の光年

・日常詩篇

  • しがない詩書きの
  • 肉体の危機
  • 男と女
  • 子どものらくがき
  • エコノミック・バード 
  • ある日、電車のなかで
  • 貸し農園
  • 若い友に
  • ある回生
  • 春想

・手帖から

  • 満員電車のなかの心電図
  • 友人
  • 八月十五日
  • 夜の音
  • 風船
  • 夏の記憶
  • 軍艦と衛兵
  • 風俗誌
  • 勲章譚
  • 希望
  • ママとマンマ
  • 不幸の女神
  • 〈哀〉という元素
  • テレヴィジョン
  • アルバム
  • 金銭

・考現集

  • 眼鏡考
  • 自転車考
  • 時計考
  • 未来考
  • 職業考
  • 生命保険考
  • 詩人考

・絵のない木炭画集

解説 吉本隆明

あとがき


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