氷の部屋 長谷健

 1948年10月、中央公論社から刊行された長谷健(1904~1957)の短編小説集。装幀は川村秀治。

 

 私は昭和十五年七月、雑誌「九州文學」に「癌」という作品を發表して、發賣禁止の厄にあつた。當時ファッショの嵐は、文學の世界にも容赦なく吹き荒れ、その飛沫をあびた私は、久しく筆先はにぶり、宛かもぬるま湯にはいっているような、おざなりの作品で、お茶をにごすより外なかった。職後ようやく文化統制のわくははずされたとはいえ、本の作家道に立ちかえるまでには、かなりの時を要した。それでも機ようやく熟して、一昨年の後半から、ぽつぽつ本格的な仕事にとりかかることが出来るようになった。群像に書いた「姉」をきっかけとして、かつて發賣禁止の厄にあつたテーマを取上げる機運が、到来したわけである。ここに集めたものは、それにつづく連作の集成である。文化統制のわくははずされたとはいっても、出版界には資材の缺乏という、隘路が出来た。従つて作品發表にも、いろいろの無理が伴い、連作でありながら、各種雜誌に前後して發表したものが多い。作者としても、前後倒して読んでもらうことは、はなはだ遺憾であったが、今回中央公論社によって、出版せられるにあたり、ここに正しい配列のもとに、読んでいただけるようになった。まことに心の至りである。
 作者として、小説集のあとがきなど、あまり好ましいことではないが、右のような特別な事情のもとに、出版された次第を話すことは、讀者にとっても、便宜上必要だろうと考えたので、あえて私の従来の慣習を破って、ここにあとがき附加する所以である。
(「あとがき」より)

 


目次

  • 遺児
  • 村の女傑
  • 氷の部屋
  • 血の話
  • 冬眠期
  • 死の衣裳

あとがき


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