1920(大正9)年2月、天佑社から刊行された岩野泡鳴(1873~1920)の短篇集。
人間はとぼけたところにその本人のまじめがあり、そして生まじめなところに却つてとぼけたものが。そのどちらにも作者は現實主義的な同情を以つて喰ひ入つて行くのである。同時に、作者は作中の人間を人間以上に高尚にもせず、人間以下にきたなくもしない。だから、僕がきたないこと、感じの惡いことを書くからと云つて僕の作を嫌ふやうな讀者は、まだ本當に人間を知ってないところから生ずる單純な偏見の所有者に過ぎない。僕は内部的寫實主義の作者として、いろいろ特殊な事情に置かれたいろいろな人間その物をその内部から體驗的に創造してゐるのである。若しそこにきたない感じが伴つていれば、それも人間その物から滲み出した感じであつて、作者がこと更につけ加へたのではない。その上、この集に納められた諸篇の主人公は、大抵、男女とも世間の経驗には長けてる人間だから、まだ年が若い爲めに單純な感傷や感激やをいいことに思ふ一般青年には十分の了解を得にくいかも知れない。が、一般の男女青年も、苟も僕らの創作を讀む以上は、これほどの世界が分かるやうにならなければうそだと思はれる。(「はしがき」より)
目次
- 家つき女房
- 母の立ち場
- お安の亭主
- 父の出奔後
- 山の總兵衛
- 催眠術師
- 華族の家僕