1997年9月、思潮社から刊行された堀内幸枝(1920~)の第9詩集。
まだ少女とまでに成長しない私に、祖父はこんなことを言った。
この世の中はね困ったものだね。男が夢中になれるのは危険と遊びであるんだから」と。この私にとって恐怖と眩暈が起きそうな言葉は、その後、私に何等かの影響を与えなかったはずはない。
祖父はつづけて話した。「文学というものは甘さの中にも、必ず少量の毒も欲しがるようだね、文学のうえで貴重なのはこの毒のなかにあるようだ。複雑なもんだ、だから文学なんだ。人生とは謎、謎、謎、だよ……」と。そのころから私は、謎という言葉がとても好きになった。
私は当時、近所の老人を見るにつけ、老人というものは昔から老人で、今の自分とは別の生き物であると思い通していた。がこの祖父だけはなんと不思議な老人だろう。私の心は父、母の暖かい家庭の方にだけ向いていたが、祖父の話はいつまでも心に残った。
厚い綿入れ半纏を着て、心ばかり青年のように若々しい、記憶のなかの祖父の顔は、いまも新鮮である。
『村のアルバム』が、わが村への限りない愛を書いたものとすれば、この詩集は祖父の顔を思い出して書いたような気がする。
(「こんな老人――そしてあとがき」より)
目次
富士桜
- 富士桜――山の花
- ソメイヨシノ――都会の花
- 桜花に魅入られてはいけない
- こんな晩はね
母の花
テッセン
- テッセン
- わたしの窓
- オレンジ色の花
- 星と花
- 夢の道
九月の日差し
- 山中の湖
- 少年よ少女よ
- 一つの歌を・おじいさん
- 九月の花と自殺考
- 蔦のはう家
- 台地の村
- 一輪の薔薇
- 高山の花
- 九月の日差し(一)
- 九月の日差し(二)
- 九月の日差し(三)
唐松林の道
- その名の人
- いちじくの実
- 深尾須磨子をしのぶ
- 保谷の風
- 唐松林の道
こんな老人――そしてあとがき