1946年10月、大元社から刊行された前田鐵之助(1896~1977)の詩集。
此處に収められた詩篇は昭和七年から十三年に恆る七年間の作品の一部を成すものであるが、此期間は私の詩作上、また、生活上に於て最も困難な時代であつた。と云ふのは昭和六、七年と私は熱帶地に招かれて寸暇もないやうな未知の激職に身を投じた為に身も心も極度に疲労させ、詩作の上では僅に一篇の作品しか出來なかつたやうな、自分の詩作生活の上では稀な空白時代を現出させた程である。然し同七年の春逝く頃歸朝して病を郊外烏山の假寓に静養することになり、一切職を紹って清貧に堪へ、孤獨にして冥想的な日々を巡るとともに自然の深所に達しようとする悲願に燃え、比較的短い期間ではあつたとは云へ、激職に依て荒され、また、衰へた詩作の再建に心を砕いたのであつた。其成果に満足して居ないことは申すまでもないが、自分の詩性を厳しく浄化して呉れたことは大きな喜びであった。幸ひ身體の調子も少しづ恢復し、活動的な氣力も取戻して、私の大事な試練期に若やかな瑞枝の一枝を芽生へさせて呉れたのである。此の瑞々しさは、私の困難な生活を救つて呉れたと云てよい。清貧を樂しむと云ふ言葉を豐かに味はひ得る詩人の心を更に強く身につけて詩作に没頭することが出來たのであるから。いま、振返て見ても優しまれるのはこの孤獨な、然も豊かな試煉の日々である。此の時代を無事に切拔け得なかったならば今日の自分は見出せなかつたかも知れないと思ふと私は此處に自分の修業途上の一道標を見る想がするのである。
尚、此集には先に「芝園草舍詩稿」として出したものを全部收録したが、當時、戰時用紙統制の爲め収録出來なかつた同期の作品の一部を新しく加へて收録し、本詩集の定本版とすることにした。
(「あとがき」より)
目次
冬の日抄
- 冬暮れ
- 黄昏
- 朝
- 小川の水
- 雪
- 多
- 暮春の日没
- 空ゆく船
- 水
父の歌
- 貌
- 相貌
- 師父
- 誕生日を迎へて
- 青空
- 瑞枝
- 乳歯
- 縁
- 雀の詩二つ
- 父
- 林間
花、鳥、獣
- 芭蕉に寄す
- 夏草
- 晩夏
- すいかづら
- 木犀
- 紫陽花
航海其他
- 航海
- 水脈
- 衛で
- 奔馬
小庭詩篇
- 夕陽の中に
- 五月の雨
- 小さき庭
- 庭で
- 庭で
- 冬冷え
- 枯野で
- 雪と娘
- 小さなお前
- 私が聴くのは
- 月の夜霧に
あとがき