探詩縹渺 鎗田清太郎

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 1989年6月、土曜美術出版販売から刊行された鎗田清太郎(1924~2015)のエッセイ集。装幀は岡本信治郎。詩論・エッセー文庫13。鎗田は角川書店新人物往来社などに勤務した編集者。

 

 語義的にいうと「詩論」(長大な論文は別にして)も「エッセー」に入るだろうから、区分には多少迷ったが、本書では「探詩縹渺」と「詩――そのうちそと」の二つの連載物をそれぞれ「詩論」Ⅰ、Ⅱの部に入れ、「金子光晴――その詩と人間の底にあるもの」はかなり分量の多い詩人論だから、「詩論」Ⅲとして別立てにした。Ⅰは発表時の全文だが、Ⅱは心を残しながらも割愛したものの方が多い。
「探詩縹渺」はすべて詩集評だが、現代詩について私流の一つの読み解き方を示したつもりである。「縹渺」は千差万別ながら境界の見えない現代詩の海に面し、方法論はもちながらも、かたくなな固定観念はもたず、広く自由な心で詩を見ていくという態度を形容したものである。
 私は戦中には国文学を学び、軍隊経験のあとの戦後には、国文学から西洋哲学に転じて大学を卒業した。そこには国文学イコール国粋主義的な戦中体験への拒否反応があったことは事実だ。(今は国文学=日本古典の正当な評価と摂取が大切だと考えている)しかし、いずれにせよ、人に言うほどの学力を身につけたわけではなく、その後は久しく編集者として雑駁な世事と知識にまみれてきただけである。
 にもかかわらず、数十年たった現在ふりかえってみると、ずっと文学と哲学とが意識の底を流れつづけ、それが詩というかたちへの執着として生きつづけてきたように思えてならない。
 そんな私をすでに見透されていたのか、恩師の哲学者速水敬二先生は学生の私に「君は哲学と文学の間というような仕事をするといい。唐木(順三)君のように」とつねづね言われていた。もちろん、唐木氏のような碩学、名文の大家と私自身を比するのは問題以前の潜越事だが、恩師の言葉としてそういう典型を示されたことは有難かった。今でも折にふれその言葉を思い出すのである。
 また、巻末の「初出一覧」が示すように、本書でいちばん古いものは「二つの幻花について」で、これは詩誌「風」主宰の土橋治重氏から「何年でも好きなだけ書きつづけて下さい」と誌面を提供された「詩そのうちそと」第一回の文章である。この連載によって私はどれほど散文の書き方を鍛えられたかわからない。速水先生の学恩とともに土橋氏には文恩ともいうべきものを感じている。
金子光晴――その詩と人間の底にあるもの」は講演記録で、書き改めて別の一冊にと考えていたが、金子光晴第一の高足たる河邨文一郎氏がこれを評価され、かねがねその出版を継適して下さっていたので、急ぎ収めることにした。
 本書は詩プロパーの散文集としてははじめての著書である。金子光晴は別格として、故旧忘れうべき大森忠行、天城奎二についての一文を遺しえたことが何よりうれしい。
(「あとがき」より)

 

目次

・エッセー

  • 極私的詩人像のメモワール
  • 大森忠行・その生と詩
  • 天城奎二詩集『薔薇窓』によせて
  • シンドラーのリスト」をめぐって
  • 人間自身を撃て――詩集『地球環境を守ろう』をめぐって
  • 空洞化の論理――東京池袋からの問いかけ
  • 与那国島遺聞
  • ガルシア・マルケスの「時間」
  • サーレスにおける「心」と「老人」

・詩論
Ⅰ 探詩縹渺―現代詩集評

  • 美少年讃歌―武田肇『ゑとらるか』
  • 自我の縮小・解体――阿賀猥『猥について』
  • 詩で父に向かう伊良子正『十二月の蝉』
  • 性としての死のかたち――粒来哲蔵『相姦記』
  • 風景と心象の交響――冨長覚梁『障子越しの風景』
  • 国家の悪しき想像力を撃つ―石川逸子『千鳥ヶ淵へ行きましたか』
  • 連句的方法での共同実験――藤井貞和『織詩・遊ぶ子供』
  • 阿部岩夫『織詩・十月十日、少女が』
  • 詩の寓話性の深さ―新川和江『ひきわり麦抄』
  • 現象の明るい修羅――くにさだきみ『ミッドウェーのラブホテル』
  • 長谷川龍生『知と愛と』
  • 逆説的存在としての「純粋怨念」
  • 「怯え」の照明と探求――小松弘愛『ポケットの中の空地』
  • 死ぬために帰って来た詩人――川島豊敏『肉體』
  • 「関西おんな」の愛と性――井本木綿子『月光のプログラム』
  • 日本=ノイエザハリヒカイトの運命――鈴木俊詩論『闇の深さについて』
  • ヨアヒム・リンゲルナッツ、鈴木俊訳『体操詩集』
  • 「滅び」の予感の詩――安藤元雄『この街のほろびるとき』
  • 映像のソナタ的様式―上林鉄夫『子供と花』
  • 歴史にひそむ寂象を摑む―以倉紘平『日の門』
  • 荒涼たる自己原理――最匠展子『微笑する月』
  • 言葉のペルシャ絨毯―北森彩子『砂と菫』
  • 自己鼓舞の革命幻想――浜田知章『出現』
  • 汗と塩の浸みたモノクローム――大崎二郎『夢の原頭にて』
  • 花――「死を生きている世界」へ―中平耀『花についての十五篇』
  • 母性的な博物誌――呉美代『危ない朝』
  • 葉のような生き方と詩――高橋順子『花まいらせず』
  • 事物と心情のコレスポンダンスー『西條八十詩集・石卵』
  • 遊撃の原点としての「故郷」―小坂太郎『北の鷹匠
  • 「非在」を描くレトリック―徳岡久生『弦』

Ⅱ 詩――そのうちそと二つの幻花について

Ⅲ 金子光晴―その詩と人間の底にあるもの

  • 金子光晴――その詩と人間の底にあるもの
  • 広範な文学土壌と新たなリアリズムの検証

あとがき

 

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