1956年3月、河出書房から刊行された伊藤永之介(1903~1959)の短編小説集。装幀は福田豊四郎。河出新書。
この本に収めたのは、今も書きつづけている「警察日記」のシリーズとは違った系統の、私の最近の一年あまりの間にものした作品であるが、こうして並べてみて、それまで気がつかなかった一つのことを発見した。
それは私も案外に、女性を多く書いているということである。「渡り鳥」の一篇を除いては、いずれも女性を主人公としているか、乃至は主要な対象にしている。私は従来、あまり女性を書かない作家のように自分を思っていた。すくなくとも、そんなに女性の生態に眼を据えている作家ではないと思いこんでいたが、これで見るとそれが思い過しであったということを、この本を編んで私は初めてハッキリと感じたのである。
これは、農村の人間を眺めるとなると、都会に於ける以上に、男に比べてみじめな哀れな生活を余儀なくされている女の姿に、余計に眼をひきつけられる結果であろう。
戦争のために余計に一家の犠牲になって、婚期を逸してしまった娘の「山桜」、貧困のために売春婦の泥沼におぼれかけている娘たちの「おばこ節」、横暴な兄のために家に落ちつけない娘の「帰郷」、家と姑に押しつぶされる嫁の「二人の嫁」など、考えてみれば、いずれもその哀れさが、それとはハッキリと意識せずに、次々と私に筆をとらせた農村の女性たちである。
その女性たちに共通しているのは、貧困に重った「家」のきずなであるということも、こうして作品を並べてみると、強く浮き上って来ている。「家」と貧困のカセの重みはこれらの娘や嫁たちに、ほかの家族たちにくらべて、もっとも重くのしかかっているのである。「蛇田家の滅亡」もまた、「家」の悲劇の他のものではない。
(「あとがき」より)
目次
- 山桜
- 渡り鳥
- おばこ節
- 帰郷
- 二人の嫁
- 蛇田家の滅亡
あとがき