大野新詩集

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 1978年3月、永井出版企画から刊行された大野新(1918~2010)の詩集。『階段』、『藁の光り』、『犬』の合本詩集。

 

<私は昭和二十四年の夏、野洲川で泳いでいて、突然喀血した。血は水のなかにおちると急にスローモーションになって、癖のながい水中花をひらいた。以来七年寝たが、あの時の戦慄は必ずしも恐怖の戦慄ではなかった。あの時私ははじめて魂で水をみた。>
 「水と魂」と題するある小文の末尾に私はそう書いた。
 粘膜をしぼる腸結核の危機がすぎ、三回の手術を経て、私は思いがけずひょろりとこちら側に、つまり生の側にたっていた。芥川龍之介は毛の足袋をはいていたそうだが、私は夏でも腹巻きとパッチとカイロで武装して、腹だけをふくらましていた。鼓膜が気圧差の急変の時のように内側だけを反響し、目が刻々くぼんでいた。国立療養所紫香楽園に在園中、佐藤佐太郎(文中敬称略)のもとで三年間短歌を書き、のち、作品一切を焼却。退園前から詩を書きはじめ、一九五四年、近江詩人会および鬼に入会。故井上多喜三郎、杉本長夫、武田豊らを知る。一九五七年井上多喜三郎の世話で、京都・山前実治の双林プリントに就職。印刷技術をおぼえ、現在にいたっている。同年、詩学研究会の十人をメンバアとするIに所属。五号で廃刊。長谷川安衛が編集していた。
 「あとがき」に次のように記す。
 <何年となく、私には生よりも死の方が親しかったので、死をたしかめなければ、生へでていく手がかりがないように思えたのでした。病いという避けがたい出あいから、ふしぎな傾斜をすべりおち、そこから見上げる生はまぶしい。(略)>
 この頃、天野忠、荒木二三(現在文雄)中江俊夫を知る。嵯峨信之を愛読。初版本は一九五八年刊行。
 天野忠に次のように書かれたことがある。
 <大野君の顔は、まことに失礼な申しようだが、まだまだ死んでいるように私には思われる。(略)大野君の「死んだような顔」は、詩集の中のすべての詩の調子とあまりに切実に密着しているので、あの顔から出る言葉や、そのひびきは、録音して残された偉い知名人のそのようなひびきとして聞かされるような、一種奇妙な厳粛な気持が私にはする。それらの故人は勿論死者として喋ってはいないのだが、うけとる方は何か単純でない、前から予定された重々しい額縁にはめられたあの世の言葉として聞いている。読者としての私は、大野君の顔を見たり、声を聞いたりすることにあまり平明でないのはそのためなのか。(略)>
 私はこの書評のでた詩誌(I三号)を人にみせなかった。はずかしかった。
 勝野睦人というロシナンテの夭折した詩人をきっかけに石原吉郎を知る。言葉の単純さと屈折の難解さに呪縛される。同時に人そのものに魅了され、数度逢う機会がある。また吉岡実、アンリ・ミショオを愛読。
 一九六二年二月、ノッポとチビ創刊。河野仁昭、清水哲男五人であった。詩名は、消防署の前を通っていてふいに学び、妙な確信となって名づけた。「創刊の弁」として次のように記している。
 <私たちは京都における現代詩研究会のグループとして発足した。ほぼ三年を経て集まる顔ぶれがきまってしまった。今年の一月の会合で、いつものように現代詩にのっている作品をボロンチョンに言いあっていたが、ふと顔をみあわせて、「それじゃあ、おれたちはどんな作品を書く!」となんとなく、口をひらき、口をつぶり、はては目も耳も閉じてしまったものである。(略)>
 三号から私は終業後しばしば深更までタイプを打って月刊を維持した。もっとも集中した時期であろうと思う。十一号から山村信男が参加。
 鬼にはその後、石原吉郎片岡文雄、粕谷栄市、宗昇、天野忠らの参加がある。
 この頃塚本邦雄を知り、短歌表現のある限界が破られているのを知る。
 いつしか私は必ず下痢をともないながら酒に慣れていったが、はしご酒の煽動者中村光行の誘いで鴉の会を作った。毎年一月末の土・日曜日、地方で頑固に自分の詩を書いている人たちと日本のどこかで落ちあおうという会である。年々拡大して、神戸、北陸、栃木の間にわたる詩人たちを知る。
 「あとがき」に次のように記す。
 <ここまできて、どう気どってみても仕方がないという思いがしきりにします。ともかく余裕をもって書いたのではなかった。私にいま見えているのはこれだけだ、という絶望感がっねにありました。
 私の心を食んできたのは「死にかた」ではなく、「死にざま」でしたが、これは、戦後結核不遇の時代に、二十二才からまる六年、療養所生活で見聞し、ほとんど自身その「さま」をさらそうとさえした日々の、青春喪失の目でした。それが私に「生きかた」より「生きざま」をしかみせていないとすれば、喪失はふかく今後にかかわりますが、私がいま、荒廃に耐えている人の詩にしか惹かれないのも、あるいはそのせいでしよう。>
 原本には中村光行の解説を付している。一九六五年九月刊行。私の父は日本で食いつめて朝鮮にわたった写真師であるが、全羅北道の群山府という港町に定住し、長男の私が生まれた昭和三年には、一応こじんまりしたスタジオをもっていた。その後目抜きの通りの四っ角に、二・三階ぶちぬきの彩光窓をもったスタジオを建てたから、当時の写真業はよほどボロかったとみえる。その環境のなかで、私はきわめて凡庸に育ち、中学校(五年制)卒業の年に終戦を迎えた。当時の記憶を書いた一文を抄いてみたい。
 <当時中学生は日本人(当時内地人といった)と朝鮮人(当時半島人と呼んだ)が3対2くらいの割合であったが、終戦まぎわの苛烈な日本の運命は、配属将校や教師のすざまじい教育とあいまって、私たちを例外なく幼い熱烈なファシストにしたてあげていたものである。私たちの間には、朝鮮人の地下活動という不穏な風聞がながれてきて、配属将校の煽動で、夜の闇にまぎれて木刀持参で襲おうとしたり、呼びだしをかけたりした者もいるはずである。朝鮮人をえらんでなぐる上級生も多かった。
 ある時どういうきっかけでか、その対立が表面化してしまい、朝鮮人の屈強な者たちと、日本人のいわゆる硬派の連中とが、屋上で対決することになった。日本人はみな激昂しながら教室をでていく。私は気弱な朝鮮人が数人、教室のすみにとどまっているのを感じながら最後にでていこうとして、ふと相撲部の主将の吉田が、朝鮮人の悄然といる一隅に、何気なくすわっていることに気づいたのである。彼は何ごともない顔で隣との話をつづけていた。その時、私の一瞬の頭脳の秩序には、ちょっとした裂け目が走ったにすぎなかった。私はそのまま屋上にあがり、日本人側にまじって、前に進みでた朝鮮人の一英雄と日本人の一英雄とが殺気をはらんで対峙するのを見守っただけである。
 終戦の日がきて、朝鮮で日本人が統べていたあらゆる秩序が崩れてしまった時、町の方々で、日本人のかっての英雄たちは下級朝鮮人の集団にひとりずつ報復されていった。その頃になって私が感じはじめたあの裂け目は少しずつ自覚的になった。>
 この、ひとりで加わらないでいた行為は、ひとりで記憶を思想化した石原吉郎とともに私の鞭である。またながながと引用したのは、私に風土的な執着がうすい一因を、病気とは別の要素から言及しておきたかったためである。
 私のなかから病気は次第に抽象化されるようになってきた。だが、麻薬中毒の癒後のように、私のなかにはどすんと黒いものがあり、その黒いものは悪やら毒やらと容易になじんでしまって、開かれた世界へでていこうとしない。その退嬰を正当化したり弁護したりするいわれもないが、一言でいえば、犬や病気は、私の背理的現実である。ものとなって走りでてくれ、そう思いながら私にはもどかしい。簡単に見ぬかれてしまうであろうが、私に犬を飼った経験はない。
 双林プリントが、京都での八割の同人詩誌を印刷している関係もあって、多くの若い詩人たちを知る。とりわけ、清水昶、米村敏人、佐々木幹郎を記録しておきたい。
 現在ノッポとチビは十年目にはいって、辛うじて四十号をだしたが、同人に若い世代を加えつつ、やや不安定である。それでも毎号、京都に定住した角田清文や中江俊夫らを混えて、苛烈で、かっユーモラスな合評会をひらき、めいめい盛んな酔漢となって、雑多な伝説を発泡している。私は齢不惑をこえて、ようやく軽快浮薄な青春を迎えるのであろうか。

 

 


目次

・階段

  • 手おくれの男
  • 生きる日々に
  • 言葉
  • 死の背後から
  • その男がいつからそしていつ
  • ある確証
  • 野犬
  • 生の意味
  • あわただしい死と生と
  • Avril
  • おれは毎日
  • 車中にて

・藁のひかり

  • 小康
  • 四月
  • 秋のかお
  • かげのうすい男
  • 葬る
  • ねていても
  • 酔ってあるく
  • 夏の死
  • おもて通り
  • 乾いた空
  • 消される男
  • やつれた顔をして
  • はっていく
  • 約束
  • 眼疾
  • 晚闇
  • ひとり酔う
  • 部屋
  • 権力
  • 広告
  • 女・デッサン
  • 背中
  • 半身
  • 投影図
  • 嫉妬
  • 死について

・犬

  • ひるさがり
  • 酔う
  • 伴侶
  • 遺品
  • かげひなた
  • 夕景
  • 耳なり
  • 遠方
  • 現場で
  • けはい
  • ふるえる
  • ねむりのための鎮魂歌Ⅰ
  • ねむりのための鎮魂歌Ⅱ
  • 街角
  • 衛生法
  • 風邪ならしずかにねていろ
  • 冬の野外音楽堂で
  • 新春祈禱
  • 室内
  • 中風Ⅰ
  • 中風Ⅱ
  • 家系
  • 白昼


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