1990年8月、福武書店から刊行された絓秀実(1949~)の評論集。カバー写真は湯地定正、装幀は中島かほる。
かつて、ある畏敬するひとに、最初の拙著を、「今どき、こんなに簡単な本を書いていいのか」と評していただいたことがあって、その言葉は、以来ずっと、オブセッションのようにつきまとっている。本書がその批評に応える自信は全くなく、悪しき意味で、きわめてリーダブルではないかと疑うのである。「海燕」編集長の根本昌夫氏との何気ない会話を直接の刺激として書き始められた本書の本論部分は、モチーフの萌芽を、おおよそ二〇年前に遡るが、そのことも、著者の世代的限界として、本書に刻印されているかも知れない。かなり夥しい翻訳書からの引用は、ごくごく一部の語彙を除いては既訳のままであるのに、無礼と知りつつそれらの訳者名を銘記しなかったのも、その一つである。翻訳者の方々には、ここでお礼を申し上げる。また、邦文からの引用は、可能と判断する限り、新字新仮名を用いた。
本書はほとんど唯一のモチーフに沿って書き継がれながらも、それ以上に、書き下ろしの第七章も含めて、その時々の「時評」のようにして書かれている。「文学の隠喩」という雑誌掲載時の総題が第七章のタイトルになり、書名が「小説的強度」となったのも、おそらく、このことと関係している。本書は一冊にまとめるに際しては、全体にわたって、ある程度の加筆・訂正がなされてはいるが、「時評」集として読まれれば、これに過ぎる喜びはない。
なお、二つの序章部分は、雑誌「季刊思潮」に発表されたものである。本論に当たる部分を「海燕」に書いている過程で、こうしたイントロダクションが、なぜか必要であると思われたのだが、その執筆の契機を、心理的にも物理的にも与えてくれた、「季刊思潮」編集同人・柄谷行人氏と、編集人・山村武善氏に感謝したい。とりわけ、柄谷氏の存在なくしては、本書のようなものさえ書きえなかったであろうことは、一読してもらえれば一目瞭然である。
出版に際しても、根本昌夫氏の手をわずらわせた。先の拙著『複製の廃墟』に続いて、氏の手になったことが、本書にとっての大きな幸福であることだけは疑いえない
(「あとがき」より)
目次
小説の方へ――「昭和十年前後」のプロブレマティックをめぐる二つのイントロダクション
「美」から「雑」へ――第一のイントロダクション
方法としてのフェティシズム――第二のイントロダクション
・文学の隠喩から小説的強度へ
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