1992年11月、編集工房ノアから刊行された川崎彰彦(1933~2010)の第3詩集。装幀は粟津謙太郎。
これはぼくの第三詩集ということになる。一九八九年冬、二度目の脳卒中で倒れて以後の作品だけを集めた。
救急病院のベッドでぼくは精神的に打ちひしがれて横たわっていた。そんなとき心に浮かんできた詩のごときものを付き添ってくれていた友人に口述して書きとめてもらった。ぼくには詩が残されている、この思いが一筋の光明になって、ぼくを生かしてくれた。詩集名にもした「合図」を含むⅠの前半の詩である。「合図」の「お前も生きていけ」というのは小山清の読者なら先刻お気づきだろうが「落穂ひろい」という至純の短篇のなかで、売れない小説家の主人公が野道を散歩すると道端の野菊が「お前も生きていけ」と囁きかけてくれる、という一節に基づいている。
救急病院からリハビリ施設へ移ってワープロを習い始め、一本指で打つようになったのがⅠの後半、Ⅱは退院後の作品である。
敬愛する井伏鱒二さんが『川釣り』という本のなかで「中風になったら、むしゃくしゃするだろう」と書いておられる。さすが井伏さん、無造作に言ってのけられたものだ。まさに、むしゃくしゃする。「むしゃくしゃ病」という別名があってもおかしくないと思うほどだ。そのむしゃくしゃの鬱状態から思わず漏らした悲鳴、愚痴、泣き言になっている詩が少なくないと思う。それはぼくの志に反する汚濁である。ただ「お前も生きていけ」という一片の青空のきらめきが汚濁に対抗してくれていると信じて、この貧しい詩集をお目にかける。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- 合図
- 雪の朝
- 猫 電柱にのぼる
- 春は大空の……
- 春の空
- 朝1
- 朝2
- 老女と花と雲雀
- 外出
- 鎌倉から梟が翔んできた
- 蜆蝶
Ⅱ
- 蝉シャワー
- ヤモ・ダコ
- 瞑想ヨガ
- 蜂はどこへ行ったか
- 雲雀の声
- 鶯の声
- 犬銃戦争
- アオバヅクになったぼく
- 当面する波を
- 築地について
- 哀しき「そのつど兵」はゆく
- わが暗闇 わが呪文
- 鳥の夢
- 月の車
あとがき