1970年7月、牧羊社から刊行された田中光子の第2詩集。序詩は伊東静雄(1906~1953)、序文は三島由紀夫(1925~1970)。田中は伊東の弟子。
田中光子さんは戦時中、築地明石町に住んでゐて、そこへまだ高校生の私が一度訪ねて行つたことがある。築地明石町という地名は当時鏑木清方の随筆に親しんでゐた私が、その美女の面影と共にあこがれてゐた土地であり、そこに住む田中さんは美しい人であつた。折しも夏で、二階の座敷には葭障子が立てられ、その葭のこまかい目ごとに、築地の空の海光が充ちてゐた。そして田中さんは、座敷に吹きめぐる強い潮風にも耐えぬほど、なよやかな人であつた。
田中さんを訪ねたのは、その詩に心をそそられたからであり、作品の誘惑をそのまま作者に夢みるほど私は稚なかつた。しかし私の稚ない見る目が、そんなにまちがつてゐたとも思へない。あの初対面の日に見た田中さんを、女、女、女、あまりにも女と感じた私は、今日もなほ田中さんに会ひ、田中さんの作品に接するたびに、女、女、女、あまりにも女と感じるからである。(三島由紀夫「序文」より)
目次
- 夜の牧場
- わが手に消えし霰
- 浴室
- たまゆらのゆめ
師への鎮魂 田中光子