1998年6月、砂子屋書房から刊行された富沢智の第6詩集。装本は倉本修。富沢は現代詩資料館「榛名まほろば」を運営中。
この詩集は、私が建設する現代詩資料館「まほろば」の開店引き出物である。別紙でのご挨拶をと考えていたのだが、ここで失礼させていただくことにする。
私にとって六冊目の詩集である。それなりの思い入れはあるが、資料館建設の過程で沢山の詩集の整理に追われながら、一冊の詩集ということを考えざるを得なかった。
「榛名まほろば」は、既に多くの詩友の支援をいただき、詩集だけで二千冊の蔵書を確保する目途がたった。特に、辻征夫氏に蔵書のほとんどを寄贈していただいたことは、望外の喜びであった。実は、その整理の最中にこの一文を書いている。少し冷静さを欠く表現になってしまうとすれば、そのためだ。
詩集という書物の特別さは、その稀少さと思い入れの激しさにある。辻征夫氏が何故、旧知の仲とはいえ、私のような三流詩人の企てに全面的に協力してくれる気になったのかは、謎である。しかし、軽トラック一台分のダンボール箱を開くと、次々に名高い詩集が現われてくる興奮は例えようがない。今では著名な詩人たちの私家版処女詩集を手にする喜びがどんなものであるか、お分かりいただけるだろう。
そして、私は自分の詩集のことを思うのである。私自身の思い入れとは別に、たとえ一冊なりとも、私以外の誰かに発見の喜びを与えるような詩集があったか、と。酔った関であったが、版元の田村雅之氏に「紙の無駄使いだよ」と厳しい激励を受けた夜があった。紙クズのような詩を私は書いてきたのだ。この国の、私がのちの半生をかけても収集できなかったかもしれない詩集を整理しながら、私は、出てしまうこの詩集の運命を思った。(「あとがき」より)
目次
- ほろびば
- 水辺の机
- よるべなく
- 朝ごはん
- 酒指南
- 野菜屋
- 窓辺の散歩者
- 淋しい魔法使いに
- うそつき
- 途上
- 気懸かりなこと
- その名はジュン・ビーツ
- 両親の居るテレビ
- 榛名(春)
- 榛名(夏)
- 妻の功績
- 廃屋にて
あとがき