1983年8月、百鬼界から刊行された井本木綿子(1927~2010)の第2詩集。カバー絵はモネ「女の顔」扉絵はマネ「ニンフ達」、装幀は宮園洋。詩集の題名は天野忠。
私は自分が発行している個人詩誌ならともかく詩集にはあとがきは要らないもの、と漠然と考えていた。けれども送られて来たゲラを何度も読みかえしているうちに、この詩集が掌に入る程小さくなってゆくのを感じた。丁度私が骨壷に入ってしまったようにである。
庶民の一人として精一ぱい闘って来た人生がこんなにもコンパクトになるなんてとても素敵だ。それで何か感慨のようなものを書いておきたいと思ったのである、
例えば、ノモンハンという文字が眼に入ったとする。すると私の心はシクラメンの花びらのように震えるのである。遠い日、満蒙の国境の地名であったノモンハンは、当時声を大にして語られなかったものだけにそこに展開された戦闘がいかに不吉な暗い悲惨なものであったか、祖国喪失につながる不安を子供心にいだかされたものだったのである。ガサガサッと大量に日本列島から男性達は連れ去られていったが、まだどこかゆったりとした気配は国内にはあった。巨大なキャタピラのソ連の戦車団のことや、関東軍二箇師団の完全な玉砕を知ったのはずい分後のことであった。ノモンハンは私の内部深く煌くように生きている。私にとって戦争は終ってはいないのだ。四十数年たった現在、ようやく私はあの十五年戦争の告発が書けるような気持がしているのである。(「あとがき」より)
目次
- 穂先
- 明暗
- 放浪
- 春
- 牙
- 虹
- 夏
- 再会
- 屈折
- 黄のワルツ
- 白鳥
- 白鳥の翳りで
- 落日
- 声
- 招待状
- マント
- 春怨
- 秋の小口
- 藤棚の下で
- にごり
- おとこ
- 残照
- うさぎ
- ニンフ
- 朧
- 流離
- 感懐
- サフラン色の空の下で
- 白鷺
- ノスタルジア
あとがき