近代の漂泊 わが詩人たち 秋山清

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 1970年9月、現代思潮社から刊行された秋山清(1904~1988)の評論集。

 

あとがき――吾を追及するもの

『近代の漂泊』・わが詩人たち、もう一ついえば、吾を追及するもの。この一冊の本を編集したわたしの、それがテーマ、とでもいわばいうべきものであろうか。
 大分以前からわたしは、詩人とは吾を追及するもの、とかんがえるようになった。すこし説明を要するかもしれない。詩をかくというくらいのことを詩人の資格などとはさらさら思わない。詩人とは、われをつらぬいて生きそして死ぬ者、とかたく思い込むようになった。是非善悪をとわず、わが思いにたがわぬ生き方を徹しようとした人、その理想主義の一途さ、頑固さ、非命に吾を追い込んでたじろがぬ自我は、たやすく築きあげられることはできない。そのような生涯の人をわたしは愛し、心ひかれる。
 しかしそのような人はあまり多くは見出せない。その多くない人々のなかから、その人の何かを、事や主張や行為や、些少の成功と失敗までを、わたしが知ることのできた人々はさらにすくない。わが自我をつらぬくことによって、詩人というに値する人はさらにさらにすくないとわたしは思う。
 できることならその人たちが、詩か歌か、それらの何かを残してくれておれば、わたしはそこから近づき、さぐり、考察することもできるというものである。
 ここに挙げた九人は、わたしが定義する詩人の名にあまりたがわぬ人である。しかしこの人々は、時代も、理想も、運命もみんなちがう。社会的地位も主張も好みも各自勝手でありながら、その異る人々に共通するものが、彼等を詩人とわたしに呼ばせるその何ものかである。その何ものか、などといういい方はすこし勿体ぶってるみたいで好きではないが、いまわたしにはそれ以上うまくいえそうにない。「そのあるもの」とは、理想主義ともいえるし、わがまま勝手といってもいいし、謙虚さ正直さといっても当らなくはない。そしてどこかで自分を懸けて生きるみたいな一途さ、向う見ず、極端な自己放棄と自我主義とが、一個の人格のなかに矛盾せず抱懐されている、みたいな彼らである。
 もう一ついいかえれば彼らの誰も皆失敗者でしかない。世間体のことではなく、自覚としてそうでなければならぬ。わたしの詩人たちは皆そうでなければならぬ。
 彼らははみだし、あぶれ、すねる、反抗者でニヒリスト、世渡りの下手な、運のよくない失敗者である。彼らが非命の人だから、詩人だ、というのではなく、非命におわるしかなかった生き方、それぞれの時代の趨勢と一致し得なかったアンチ派、わが夢と理想とが世間並の一般論とくいちがうままに押し通して、失敗も敗退も避けようとはしなかった。それだから、その彼らは詩人である、とわたしははばかりなくいう。
 彼らを何故に漂泊者ということができるか。一所不在の思いに執するものでなかったとしても、彼らは、肉体か、精神かを、放浪のなかにつきはなさずには生きなかった。
 自刃、縊死、獄死、窮死、惑乱と困憊の果ての病死。不幸な死というものであったかもしれないが、それぞれにふさわしい死であったという印象をしか、彼らは残さなかった。精いっぱい、といってもいいくらいの生き方が、彼らにはあった。それぞれのふさわしい死によって、彼らは終りを全うしたものであることを印象づけた。理想に殉じたといいたい思いで彼らの生と死を回想する。彼らは総じて平凡な男たちである。にもかかわらず彼らの生涯と死が印象づけられるのは、その目的追及の成功と失敗が、区々まちまちであったとしても、自分にたいする忠実さは、さほど差違なく見えるからである。
 彼らは、つまり節を曲げなかったのだ。節とは、社会的信義とその責任感から外れないということであるが、わたしが思うのはそれ以上に自分にたいする責任というものである。それは転向しなかったというようなことともちがう。転向は他の尺度である。これは吾の吾が思いにたいする忠実である。なりふりかまわぬ忙しさで生きるということでもある。大小にかかわらずそのような生き方は、雑多にあるであろう。その中からこの九人を選んだのは、わたし自身との、何らかのかかわりによる。遠く見聞した人、交った者、感動し励まされた人、そのいずれかである。
 もっとも早くかいた「乃木希典」は昭和二十一年(一九四六)であり、今年かいた「和田久太郎」を最後とする。この間二十数年、書き方も考え方も多少はちがって来ているはずのわたしが、この詩人論において統一されるのは、吾をつらぬき、追及して生きるということが、現代のテーマだからであろうと思う。

 

目次

あとがき
初出おぼえがき

 

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