1970年3月、集英社から刊行された松原一枝(1916~2011)による矢山哲治の評伝。第10回田村俊子賞受賞作品。
この小説は、早稲田文学昭和四十四年九月号十月号十一月号に連載されたものである。
矢山哲治のことを書くのに、私が適任であるかどうか。
当時、矢山哲治の周辺にいた者や、「こをろ」同人で文学を志した者は既に、名を成している者も多い。むろん、文学以外の分野の人たちも、それぞれ自分の場で発展している。
青春を詩と真実に生きた若者、矢山哲治へこの一篇を、鎮魂歌として捧げた彼の友人たちもこの企てに参加して欲しいと、実名のまま登場してもらった。御寛恕のほどをお願いする。(障りがあるかも知れないと思われる人たちは仮名にしたが、実在しているのだ。)
この小説の取材は、矢山哲治の作品を除いては、生前の矢山哲治から、直接私が見聞したことが殆どである。あるいは、本人が実際とはちがった記憶をしていたこともあろう。
しかし、私はこれを書くにあたって、詮索も訂正もしなかった。
私もまた事実を書くのではなく、真実を書きたかったのだから。
なお、矢山哲治以外の取材協力者である、阿川弘之、真鍋呉夫、山崎邦枝の諸氏から矢山哲治に関するエピソードを、吉岡達一氏から矢山哲治をモデルにした彼の小説を、鳥井平一氏から矢山哲治が彼へ宛てた夥しい手紙を素材として、提供してもらった。
(「あとがき」より)