1984年5月、紫陽社から刊行された郷原宏(1942~)の第5詩集。装幀は芦澤泰偉。
本書は『執行猶予』『カナンまで』『風の距離』『探偵』につづく、私の五冊目の詩集である。ここには前詩集刊行後四年半ほどのあいだに、さまざまな理由でさまざまな場所に書いた作品のなかから十三篇を選んで収録した。選ぶといえば聞こえがいいが、ここに採らなかった作品はおよそ再読に耐えないものばかりだから、これがこの期間における私の全作品だと考えて下さっていい。その生産力の低さには、我ながらあきれるばかりである。
とはいえ、この期間、私は何も書かずにいたわけではない。最近三年ほどのあいだに二冊の詩人論と一冊の詩論集を出したし、百冊近い文庫本の解説を書いている。そのほかに新聞や雑誌に書きとばした時評やエッセイの類を加えれば、他のどの期間にもまして勤勉かつ多産であったといっていいだろう。その多くは自分で読み返す気にもなれない片々たる雑文にすぎないが、不思議なもので、何かを書いてさえいれば表現への渇きが癒されるようなところがあって、詩を書かずにいることにさほどの不自由は感じなかった。はやい話、私はいつも詩人のふりをしていたが、詩はなかなか私のほうを振り向いてはくれなかったのである。
そんな生活のなかで、私をわずかに詩へ踏みとどまらせたものは、いくつかの旅の体験である。そのなかには詩人論を書くための取材旅行もあれば母を送る旅もあり、また机上の空想旅行も含まれているが、とにかく旅に出たときだけは、私はまちがいなく詩人であり、おもしろいように詩を書くことができた。いささかこじつけめくけれども、私にとって詩とは単なるアナロジー以上の意味で人生への、あるいは人生からの旅であるらしい。本書の題名には、私のそうした一方的な想い入れがこめられている。
(「あとがき」より)
目次
- 手の地平
- スローなブギにしてくれ
- 八月の井戸
- ある決定
- 光る海
- 春
- 雪と探偵
- 冬の旅
- 鴨川まで
- 夜の声
- 新年の手紙
- 鳥
- 比喩でなく
あとがき