1996年10月、編集工房ノアから刊行された三輪正道(1955~2018)の第1著作集。装幀は粟津謙太郎。
三十代の終わりをむかえ、幾つか同人誌に書いたものを一冊にしてもイイなあ、と思い準備にかかっていた。一年ほど前から自分でも不思議と思えるほど日々の暮らしが安穏で充実感を覚えるようになってきた。まあ、自分へのご褒美だ、と素直に思えるようにもなった。そこへ、大震災がきた。この非日常を目のあたりにして、グダグダと書きつらねた自分のものなど、何の価値があるのか疑わざるを得なかった。
震災から一年が過ぎて、私の一身上にも転勤ということがあった。北須磨での五年半つづいた職住近接の暮らしから、大阪市内まで日々の電車通勤となり、朝晩に六甲の山並みを目にするようになった。傷ついた六甲の山肌や更地となった沿線風景に、かつての日々の暮らしに息詰まっていた私の心のうちを思い重ねた。それは、ようやく私にも日常が戻ってきた裏返しだったのかもしれない。あのグダグダ、モダモダを思いかえしてもイイなあ、と思えるようになった。いや、あれらのときが自分の原点なのだと、改めて自分を見つめる心算になった。
私の拙い作品集に、懇切丁寧な解説をいただいた川崎彰彦さんには心より感謝いたします。土木工学という学科を出て、また文学学校などとも無縁だった私が、一冊の本をもてるのは、川崎さんとの出会いであり、酒と女性?を介在させた「川崎塾」で書くということを習った、鍛えられたからという思いがひとしおです。いま、ようやく書くことのスタートラインに立つことができたというこの嬉しさを忘れず、今後も地道に息ながく歩んでいきたいと思います。
身に余る装幀をしていただいた栗津謙太郎さん、快く出版の労をとっていただいた編集工房ノアの涸沢純平さんにも深謝いたします。
最後に、来春で社会人として満二十年をむかえますが、私の途中下車、まわり道よたよた歩きを、あたたかく見守っていただいた何人もの方々にも深く感謝いたします。皆さんのお陰で、一冊の本を上梓することができましたと。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- 泰山木の花
- 小説家と酒
- 高瀬屋の缶ビール
- 中野重治と「山猫」
Ⅱ
Ⅲ
- 生田新道・下山手通二丁目
- 遙かにひがし大山を
- 地と心の揺れ
Ⅳ
- もだもだ日乗
途中下車の精神――三輪正道君のこと 川崎彰彦
あとがき