鼻の周辺 風見治

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 1996年4月、海鳥社から刊行された風見治(1932~2018)による短編小説集。表紙カバー絵は著者による「アンガマの面」。1986年、「鼻の周辺」で第17回九州芸術祭文学賞受賞作品。著者は長崎市生まれ、1952年に菊池恵楓園に入園。1962年に星塚敬愛園に移った。島比呂志の「火山地帯」同人。

 

 これまでも出版の誘いがなかった訳ではないが、そのたびに私は消極的な返事をしてきた、現代の本の洪水のなかで、自分がここまで書きつづけてきた作品が、他愛もなく押し流され、沈められて行くのを想像すると、本にする勇気が湧かなかったのである。
 そこで私が思っていたことは、そっとして置いてやろう、同人雑誌の頁の片隅で息づいているだけでいいではないか、とそういうことだった。
 こんな私が作品を一冊の本にしてみる気になったのは、人と人との出会いによったし、あるいは「らい予防法」廃止という社会的動きの余波によったのかとも思う。
 最初に「らい」と診断されてからすでに半世紀が過ぎた。この時間の積み重ねが、私に何をもたらしたのか。私はそこから何を得ようとしたのか。そして何を獲得出来たのか。「火山地帯」という同人雑誌に、怠けたり、一所懸命になったりして書きつづけた三十余年にわたる作品が、その片鱗でも語ってくれるのかどうか。
 「らい」を病んで生きたというだけで、不幸だったと思われるかも知れない。たしかに苦渋に満ちていた。だが、私はいま、自分は意外と人生を楽しんできたのではないかと、ふりかえってそう思ったりする。正確にはそういう心境に到達しつつあるということであろう。
(「あとがき」より)


目次

あとがき


関連リンク
訃報 風見治さん 85歳=作家、「星塚敬愛園」入所者(毎日新聞)

 

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