1941年7月、四海書房から刊行された後藤楢根(1909~1992)の童謡集。装幀は衛藤忠臣。画像は函欠本。
新興日本童謡詩人會をつくって「童謠詩人」を出したのはもう一昔前になる。一九三〇年版の年刊集を最後にぱつたりと童謠の仕事はやめてしまつたが、今にして思へばよくもあんなにやれたものだと、自分ながらおどろくやうな氣持である。身も心もまつしぐらに童謠にうちこんだといってもうそではなかつた。いろんな無理をし、金もずゐぶんつぎこんだが、しかし、決して悔いてはゐない。つまらぬことに――といふ人もあるかも知れないが、わたくしはよくあれだけやつてくれたと若かりし日の自分をほめてやりたい位に思つてゐる。
大正中期の童謡の復興期の反動を受けて、昭和初年の童謠壇は全く衰微の一途をたどつてゐた。いや、衰微どころか、相當邪道に足を踏みこんで嘆かはしき狀態であつたともいへる。この時まちがつたジャーナリズムとたゝかひながら正しい詩精神のもとに、しつかりと眞の童謡のために研究を積み精進をつゞけたのが、與田準一氏、巽聖歌氏達の「乳樹」の諸君と、わたくし共の「童謡詩人會」のなかま其の他二三の小さいグループであつたやうに思ふ。
新興日本童謡詩人會は他のグループが同人雑誌の形式で精進してゐたのと趣を異にし、全國の童話詩人をうつて一丸とした綜合團體とし、まづ組織の上にたつてあやまった童謡壇の革新を期した。そのして、そのもくろみは或程度成功し、最後の年刊集を出すころは、名實共に日本の童謡壇を代表してゐたといつても過言ではないと信じてある。
作品の制作はもちろんのこと、童謠論の上にも、あるひは又作品集の出版、傳唱童謡の蒐集等々、少くともその頃(昭和四五年)童謡に關係をもつてゐた方々には記憶にあることと思ふ。
その頃、童謡を初めた人々でも今では堂々たる作家となつてゐる人もある。また、その頃、華々しく精進してゐた人たちのうちで、もうすつかり影をひそめた人、今なほつゞいていばらの道をふみつゞけてゐる人、等々、思へば感慨深いものがある。
そして、わたくしがあの仕事をやめたがために、大變御迷惑をかけた人もあるだらうし、くさぐさのことを思ふにつけ、たまらない程の感傷をも感じてゐる。
「月夜の柿畑」は、さうした昔の人々へ久潤をのべるつもりで、思ひたつた作品集である。「空の羊」「青雀集」「月明集」とわたくしの童謠集は既に三冊出てゐるが、最後の「月明集」にしても出てから十年を經てゐる。
その後、童謠運動の仕事はやめても、ぼつぼつ少ないながら制作をつゞけて來たが、やつぱり妙なもので、仕事をやつてゐる時のやうに制作にもはりがなくなってしまった。そして、最近、昔の友の都築益世氏や巽聖歌氏、古村徹三氏が續々と作品集を出すのを見て、これではいけないぞとわくわくする思ひのまゝに、この本を出す決心をした次第である。
この本に収めた作品は、わたくしの過去二十年ばかりの作品の中から、今にして考へて見ても思ひ出深いものばかりを百篇ほと選び出し、これを春夏秋冬の四季に分類して自分のすきな通りに編んだものである。
これからの童詩は、これではいけないと思はぬでもない。しかし、ちがつたものも生れるだらうがこんなものもあつていゝのではなからうか――とも考へてゐる。
とにかく、さうした意企はぬきにして、昔のなつかしいともだちに、久しぶりの手紙をかくつもりでこの本を編んだわけで、この本を見てくれて、「後藤はまだやつてゐるな」となつかしがつてくれる方があつたらうれしいのである。
たゞ、かなしいことには、この本を心待ちしてゐたふるさとの母が、この本の出來上らない三月十四日、昇天してしまったことである。「光に立つ子」が文部省推薦になり、わたくしの子供の頃のことを書いた「村童日記」が出て、こんどはうたの本が出るさうだがとたのしみにしてゐられたといふのに、とうとう間に合はなかつたことは、かへすがへすも残念でしかたがない。
遠く離れて住んでゐるものだから、臨終にも間に合はずわびしいとむらひをすまして、ふるさとを去る時の氣持は畢生忘れられないことであらう。
改めて、このさゝやかな書を、亡き母の靈にさくげ、今後の精進をちかひたいと思ふ。
(「書後」より)
目次
・春
- 思つたこと
- 谷の春
- 早春
- 春
- なんでもないに
- 春くる
- 村の三月
- 四月
- 春くるころ
- 燕が歸った
- 月の夜ごろ
- 渡鳥
- 杏の春
- 月夜のたんぽぽ
- チヤツプリン
- どこかで誰が
- 馬が放れてる
- 花曇
- 思ふこと
- 母さん里
- 春になつたら
- 村の出来ごと
- 高い所
- 庭に来た小鳥
- 街道夕暮
・夏
- 月夜の棉畑
- 月に鳴く蛙
- 晝
- 樹
- 土曜日
- 思ひ出
- 母
- 芽のある道
- 六月
- 背戸
- 園
- 童話讀む午
- 夏
- 手紙
- たて針
- 白い夕暮
- 晩夏
- 明かるい港
- 無心の月夜
- 窓から
- 竹藪
- 夢に坊やは
- ねんねのお星
- 樹蔭
- 月あかり
・秋
- 月夜(その一)
- 月夜(その二)
- 月明
- 月と子供
- 月
- 月明の海
- からたち垣根
- いかりこ
- 立秋
- 月と花
- 秋
- 沼の秋
- 無花果
- 渡り鳥
- 七島仕納の頃
- 貰ひ風呂
- 稲仕納の頃
- 秋日
- 空の羊
- 菊
- 秋ぐみ
- 豆の葉
- 秋冷
- ひよ
- 晩秋
・冬
- 落穂拾い
- そら
- 月夜の鹽田
- 月夜の濱
- 野風呂
- 朝
- 簗簀
- 松葉かき
- 寒い風
- 寒鮒
- 冬のたより
- 雪夜
- 冬暮
- 冬の夜
- 正月元旦
- お客にゆく日
- 朝寒
- 野火
- 冬日
- 雀
- 霜
- 山
- 沼
- 冬木
- ぬく日
書後