1965年12月、新生社から刊行された風間光作の詩集。著者自装。
葛飾区から手紙をもらうことは、めったにない。ところが、二月の中頃、私のところに手紙その他二三の雑誌が送られて来た。珍らしいと思って見ると、その送り主の名が、風間光作(かざまこうさく)とある。私はこの名を知っていた。最近の風貌は分らないが、この名は忘れていなかった。私が、詩人生田春月の死後、二年程「詩と人生」という詩誌を続刊していた、その頃か、その前か、とにかく此の風間光作という名の青年が訪ねて来た。そして詩が送られて来て「詩と人生」にのったのである。
私はこの名の持主を、さわやかな才人として感じた。詩も、すっきりしたものであった。今この人も五十をすぎている筈である。おくられた詩で見ると、「奥戸の馬鹿」その他、何れもしっかりしたものである。近年は詩人高村光太郎先生に私淑している模様で、この詩の会を作っている。健在のようで何よりである。四十年来詩作を生きの力として、すごしていることは貴い事である。
今度逢ったら、私は葛飾の詩人、風間光作の健在と詩を愛している事を語ろうと思う。
(「叙文/生田花世」より)
目次
山峡詩篇 昭和十八年
- 山のごとくありたい
- 冬山
- 春が来る山
- 高原の月
- 高原の秋
- 高原電車
- 馬
- 牛
- 白い陽がしょんぼりと
- 郷愁
- 山の孤独(その三)
- 山の孤独(その七)
- 山の孤独(その八)
- 梅一輪
- 富士におもう
上州山歌 昭和二十三年
十年の貧 昭和二十九年
愛細詩集 昭和三十九年
- 星
- 金の指輪
- 秋立つ
- いけない
- ルエカのカエル
- 奥戸の馬鹿
- あの老人はどうしたろう
- きせき
- おかめこおろぎ
- 糞の歌
孤独のピエロ 昭和四十年
- 風の歌
- 忘却の歌
- 寒鮒の歌
- 猫の恋
- 仲秋名月
- 無題
叙文 生田花世
後記