2005年10月、さきたま出版会から刊行された秋谷豊(1922~2008)のエッセイ集
目次
Ⅰ 戦後詩青春の出発
・昏い時代のひとつの前奏
- 序章
- 詩との出会い
- 戦火の果てに
- 平野の遠景
- 古代の推理
- 詩人の運命
- 習作時代―「日本少年」と「芳水詩集」
- 「芸術科」の頃
- 詩への目ざめ―三島由紀夫
- 歴史の陰の部分―鮎川信夫
- ・現代詩の彼方へ
- 戦後詩の青春群像
- 廃墟の出会い
- 「純粋詩」の創刊
- 「純粋詩」と「新詩派」
- 「宝石」編集部時代
- 「疾風怒濤」の時代
- 若き日のほみやを
- 青春の登山史
- 女性詩人たち
- マチネ・ポエティクの詩人たち
- 「地球」の創刊―ネオ・ロマンチシズムと現代
- 戦後詩と戦後登山
Ⅱ 抒情の前線
- 現代における抒情の意味
- 抒情詩を書くことの困難さ
- 日本的なもの
- 短歌的抒情の否定
- 抒情精神と批評精神
- 現代詩のゆくえ
- 現代の抒情
Ⅲ 詩人たち―いかに生き、いかに書いたか
- 若き挫折者の肖像―北村透谷を中心に
- 荒磯に育った作家と詩人―高見順・三好達治・小野忠弘・萩原葉子
- 黒い日本海
- 帯の巾ほどある町
- 高見順のこと
- さびれた町の文人たちの運命
- 三国ノート
- 永遠の歩行者―村野四郎
- 吉行淳之介ノート
- 「夕暮まで」
- 監獄裏の林
- 帰郷
- いかに生きるか―井上靖「昭和も遠く」・高見順 「青春の健在」・中村稔「浮泛
- 漂蕩」
- 山形の文学風土と丸山薫
- 山、川、海が交錯
- 新詩運動から出発
- 蚕室で暮らした一家
- 忘れえぬ雪山の青春―服部達・藤田弘基
- 戦場の体験と美の体験―伊藤桂一 『私の戦旅歌とその周辺」
- コラム 歴史的過去を現在形で
- コラム 辻井喬 「伝統の創造力」
- 戦後の現代詩―生き残ったものは何をしたか
- 先達詩人の顕彰と現代詩の歩み
Ⅳ 井上靖の文学世界
Ⅴ 世界詩人会議とアジア詩人会議
- 日本の詩における東洋と西洋の出会い
- 人間と文明と自然
- アジアの原風景―辺境の思想
- アジア現代詩の文明観
- 砂漠と大草原の航海者たち
- 未踏の詩世界と未知の辺土へ
- 世界詩人会議日本大会に寄せて―詩はいま、何ができるか
- 自然を失った精神の所在
- 戦火の地に勇気・希望を
- 世界の文学を求めて―国際詩人会議と日本現代詩
- 東西対立と危機
- 一五カ国から六八人
- 民衆の心をうたう
- 世界文学の交流
- アジア詩人会議はシルクロードで―古代西域への道
- タクラマカン砂漠のオアシスの町々で
- 東洋の詩心の復権―アジア詩人会議の意味するもの
- 感じる原型の言葉
- 韓国から三五人参加
- 初の試みの「詩集」
- 遊牧民の詩人たちと―モンゴルで初めてのアジア詩人会議
- 世界の詩人たちは何をしたか
- 地球、人類的視点へ
- 中国からも初参加
- 参加者は三〇〇〇人超
- 遊牧民の生活誌
- 生命の声を道の上に刻む
- シルクロードの出発点・中国の西安で初のアジア詩人会議
- 西域への出発点
- 人間の根源、生き方を問う
- 熱射の砂漠の中で
Ⅵ 文学と探検
- 辺境論
- 和辻哲郎の「風土」
- チベットの詩
- 登山家たち
- 探検家たち
- コラム 文学と探検
- 中央アジア探検史の舞台―シルクロード・天山南路の旅
- ヒマラヤ徒歩旅行
- 石だたみの町 ポカラ
- 白きはるかな山々
- 登山と気象
- 二つの探検隊
- シルクロードの古い楽器
- ネパールの詩人
- 砂漠から砂漠へ―都市論
- 辺境の宗教体験
- 砂漠の闇の暗さの中にも
- 世は去り世は来る
- シルクロード 幻の葡萄の村
Ⅶ 韓国現代詩への旅
- 古代史の旅と詩と言語―韓国紀行
- 渡米者たちの無名の歌
- 三好達治の「冬の日」
- 戦乱と廃墟の中から
- 北緯三十八度線
- 言葉のふしあわせな時代にこそ
- 青春の詩人たち
- 秋風嶺
- なつかしい詩人・鄭漢模氏
Ⅷ 埼玉の文学 近代から現代へ
- 私が出会った作家と詩人
- 平野の寂寥の抒情―太田玉茗論
- 近代をこえて
- 「抒情詩」の詩人たち
- 荒川の源流へ
- 思い出すこと―大西民子の遍歴の心象
- 埼玉詩人会と戦後詩の五五年
- 埼玉の詩壇新地図
- 平野のはての詩の地平線
- 世界の詩へ
あとがき