ら行の憂鬱・窓のある喜劇 三宅史平歌集

 1935年12月、表現社から刊行された三宅史平の詩集。表現叢書第10篇。カットはルドヴィクロード・ピサロ。著者はエスペランチスト

 

 ぼくが,長い「休息」ののち、「短歌表現」に歸つたとき、兒山君が、最初にぼくに言ったのは、ぼくの作品集を出せといふことであつた、この友情に厚い言葉は,しかし,ぼくを當惑させた。
といふのは――
 ぼくの作品は、いつでも、それが雜誌に發表された瞬閒,ぼくにとつて,過去のものにすぎず、歷史的値以上のなにものをも持たなかった.そして,ぼくは,發表されたたびに、それらの作品をまへにして,顏をあからめなければならなかつた.
――からである。
 ぼくは、ひとたび捨てさつたものを拾ひあつめて,ふたたび顏をあからめる愚かさをくりかへしたくなかつた。
 けれども、兒山君の熱心な勸めと,そこから,あるひは、おこりうる,つぎの飛躍に對する,あはい期待とが、つひに,ぼくの羞恥心にうちかつた.
 發表と同時に,ぼくは、ぼくの作品をわすれてしまひ,したがつてそれらを整理しておく興味を,ぼくは、もたなかった.
 この短歌集におさめられる作品は,だから,ぼくのてもとから,偶然に,散佚をまぬがれた雜誌と,周圍から借りだすことのできた雜誌とのなかからあつめられたのである。それゆゑ、ぼくがわざとはぶいたもののほかにも、もれたものが,かなりあるはずである。しかし、それらが、こののち、發見されようとも、それらは,ふたたびとりあげられる必要はない.
 作品の配列は、だいたい,發表の順にしたがった.制作は,すべて表に,一二ヶ月づつ,さきだつものと見らるべきである。
 作品の時代わけは,だいたい,ぼくの藝術の展開の段階をしめしてゐる。そして,それは,同時に、ぼくの生活の展開のあとをも見せてゐる作品のない「言葉をなくす」「休息」の時代も,だから,ぼくの「藝術と生活」(これは,別別のものでない)の展開のうへに重要な地位を占めるものである.
 この作品集は,なるべく,最後のペイヂから讀んでいただきたい。さもなくば、「言葉を探しはじめる」時代から,この時代に,ぼくの藝術が,はじめて,展開しだした,といはれ得るであらう.
 この短歌集を捧げられた四人,この短歌集の名となる,最後のふたつの篇の,それぞれを捧げられた二人,その六人の友,および,カットを描いてくれたフランスの畫家ルドヴィクロード・ピサロ氏のほかに、「短歌表現」以前のぼくにとつてよき指導者,または,よき友でありながら,ながらく,ぼくが,その恩に背いてゐる人人,石榑千亦先生、角鷗東氏,山本敏樹君,前川佐美雄君に,この作品集をだすにあたつて,ぼくは,深い感謝の意をあらはす.
(「あとがき」より)

 


目次

三宅史平の像・ロード筆

・海・旅を愛する時代(1922.4—26.10)

  • 鳥二つ
  • 鯉幟
  • 雨・風
  • 大山
  • 美保の關
  • 丘の上
  • 八重花芙蓉
  • 山・海
  • 運動會
  • 耶馬溪
  • 暗し
  • 朝凪の潮流
  • 伊勢
  • 早春
  • 轉落
  • 花束
  • 洪水
  • きす釣
  • 靜か
  • しほかぜ
  • 月に踊る
  • 瓦やく
  • 秋は更けゆく
  • 春ちかし
  • しほさい
  • 花李
  • 春より夏へ
  • ダリヤの苗
  • 江川
  • 旅愁
  • 洪水前後
  • 秋のおもひ
  • 別れる日
  • 東京へ

・阿佐ヶ谷時代(1926 11—27.5)

  • コスモス
  • 井之頭公園
  • 冬ざれ
  • 東京
  • 野良犬
  • から風
  • かげ
  • 都會の一隅

・おびえる時代(1927.6—28.8)

  • まどふ
  • 炎天の下
  • おびえ
  • 調和

・或る時代(1929.3—29.5)

  • 仕事を漁る
  • 暴風
  • シヤベル
  • 驀進
  • 轉換

・言葉をなくす(1929.6—30.5)

・言葉を探しはじめる(1930.6—30.9)

  • 失した言葉
  • 省電風景
  • 逃げる太陽
  • 壁底の騷音
  • 省電風景
  • あすの颶風

・ら行の憂欝まで(1930.11—31.12)

  • 暗い半面
  • 放さぬ醜さ
  • 狂ふ
  • 深夜の蜘蛛
  • いてふ散る街
  • 無信者たちのクリスマス
  • その日ぐらし
  • 聲ばかり
  • 洋傘さげて
  • ぼく
  • まんぞく
  • まひつつまれる
  • 星とぼくと
  • いのちと花束と
  • 笑ふすきま
  • ぼく・五月
  • ねころぶ
  • 地の脈搏
  • 星と波と
  • 薄明
  • はなやかなわかれ
  • 花束のあるらんでう゛ぅ
  • とくわいのそらをわたりゆくもず
  • 繪畫風に
  • ら行の憂欝

・休息(1932.2—34.6)

・窓のある喜劇以後(1934.7—35.4)

  • 初夏風景
  • 窓のある喜劇
  • 海の感情
  • きまぐれ
  • 「生き」へ意志する
  • 山の朝
  • タイプライターの感情
  • 星らを愛する習性
  • 感情する風景
  • 十月
  • 少女
  • 過ぎる
  • 枯木のある心中(fabelo)
  • 我執と貞操
  • 海・野
  • 冬日の戀に
  • 枯野を歩む
  • もや
  • すぎゆくもの
  • 枯草に信ず
  • 失ふ街
  • ゆたかに

あとがき

 


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