1956年7月、近代生活社から刊行された庄野潤三(1921~2009)の長編小説。装幀は勝呂忠(1926~2010)。
英国の作家ヒュウ・ウォルポールの代表的な作品に「ジェレミイとハムレット」という長篇があって私は大分前に面白く思って読んだことがある。ジェレミイは主人公である少女の名前で、ハムレットはその愛犬の名だ。
私はジェレミイが妹のメアリイに誕生日の贈り物をやるのに、最初町で見つけてこれこそ妹に絶好の贈り物と思って買って帰った美しい絵入りの「ロビンソン・クルーソー」が、時間が経つにつれてだんだん妹にやるのが惜しくなって来て、到頭別の物をやってしまうと言う話を書いた「絵本」の一章を覚えているだけで、後は大方忘れてしまった。多分、筋というような筋はなかったように記憶している。
「ザボンの花」を書く時、私はたとえばこの「ジェレミイとハムレット」でウォルポールが英国の家庭の、部屋の中とか廊下などの空気を私たちに感じさせてくれ仁ような具合に、私も自分の書くことが出来る範囲で、ある時代のある生活を表現してみようと思った。
人が読んでどの程度に興味のあるものであるかどうかは深く問わず、ただ私か一生のうちに書くとすれば一番いいと思われる時期にこれを書いた。私は自分にこの仕事をやらせてくれた日本経済新聞に感謝することを忘れてはならない。美しい絵で毎回私の文章を引き立ててくれた堀文子氏に対しても。
この小説が出ている間じゅう、切抜をこしらえて病気の枕もとに置いていてくれた母は、今は生きていない。そしてこの書物の終りの方に出て来る墓地に父と長兄とともに眠っている。
(「あとがき」より)
目次
- 第一章 ひばりの子
- 第二章 よき隣人
- 第三章 赤い札入れ
- 第四章 えびがに
- 第五章 ゴムだん
- 第六章 音楽会
- 第七章 こわい顔
- 第八章 はちみつ
- 第九章 麦の秋
- 第十章 やどかり
- 第十一章 星
- 第十二章 アフリカ
- 第十三章 子供の旅行
- 第十四章 映画館
- 第十五章 花火
- 第十六章 夏のおわり
あとがき