1982年10月、紫陽社から刊行された藤田晴央(1951~)の第2詩集。
一九六九年から七九年までの十代から二十代への十年にわたる詩篇をまとめた第一詩集『毛男』を出した時、もし第二詩集を出すなら、また十年後と思っていた。あれから三年、予定の十年が三年になってしまった。生き急いでいるのだろうか。詩そのものにはとりとめのない<惑い>ばかりがこめられているのだが。生活者としての思想も詩人としての<表現方法>も確立しえない青息吐息のぼくにとって、否応なく訪れる明日を受けいれるためには、どうしても、日々胸中に生まれる<惑い>を詩の中に置き捨てて来なければならなかったからだと思う。
帯文に福島泰樹氏の言葉を頂いた。七〇年前後の時代情況をくぐりぬけた後、その後の全人生を賭けた恋愛に完敗し、憔悴しきっていたぼくを支えてくれたのは、氏の歌集『エチカ・一九六九年以降』だった。その氏に帯文を頂けたことは無上の喜びであり、ここに深く感謝の意を表したい。
一九六九年以降――、そう、『毛男』で一区切りがついたのではなかった。詩集をまとめることで何か決着がつけられたといっとき考えたのは妄想であった。この詩集は、いまだにぼくの<一九六九年以降>であり、『毛男』第二部である。おそらく、詩を書くことで人生の総括はできないだろう。だが、この胸外に溢れ出そうとする<惑い>は、どうしても書いてゆかねばならないものだ。抒情への悪戦苦闘などとはもう言うまい。生きてあることの凡戦苦吟、その心的風景があるだけだ。
今回も第一詩集同様、詩集の表題は『露青窓』掲載作から採った。池井昌樹(『露青窓』主宰)よありがとう。そして、一年間にわたって拙詩を掲載してくれ、書き手としての試練を与えてくれた月刊『キャロット』編集部高坂吉輝氏に感謝。一九八二年八月、我が故里・津軽にはすでに秋風が立っている。その風は、人差し指を立てずとも、東京にある我が胸中にも確かに感じられるのである。
(「覚え書き」より)
目次
Ⅰ
- 土を噛む
- 緑が雲を思う
- ジョン・レノン追悼
- 試着室
- 夜のはずれ
- 薄明に立つきみ
- 白馬
- 動かなかった船
- 次第に重くなる六月
- 傘
- 樹木に
- えんじゅ
- 枯葉前線
Ⅱ
- 夜行列車の朝
- かなりあ
- 花水木
- 風車
- 夜空
- 泥ポブラ
- 夕日
- 林檎
- ひひ
- 停車場
- 水夫
- 雪、一点星
覚え書き