1974年1月、青土社から刊行された宮本むつみの第2詩集。
第一詩集を出してから、五年を経た。詩集が自宅に届いた日、部屋の隅に積まれた山のような本を前にして、それまでの「はじめて自分の詩集をもつこと」のよろこびは何処へやら、何かどうしようもない恥のかたまりが、そこに居坐っているような、複雑な思いにおそわれたことを、まだ、はっきりと、おぼえている。
第一詩集の「あとがき」で、「はじめて海を前にした子供同然(中略)私は、まず、浮くことから習いたい」と書いたら、書評を下さった一人の方から、「宮本さんは、自分のやり方で、もうすでに浮いているのですよ」と言われた。ほんとにそうだ。詩を書く、という行為そのもので、人はすでに、それぞれ、自分自身の方法で泳いでいるのだと気がついた。そして、外にあると思った海が、実は、自分自身の内部にあるのだということも発見した。私の海の中には、様々な生き霊たちがいて、それが内側から海をふくらませ、圧し上げるのを私は感じることが出来る。けれども、感じることと、それを書くこととは、何と大きなへだたりがあるだろうか。これら生き霊たちをすくい上げ、地上で息づかせようとする私の努力にもかかわらず、それらは、現実のことばたちの中で酸化され、たちまち、様相は変化し、気がついてみると、残っているのは、結局、ことばの網ばかり……という悲哀を味わうばかりなのだ。
私が、現実に於て、詩から受けとった最大の報いは、この五年間、詩に於いて、やさしさと、きびしさの両面から、村野四郎先生に御厚情を賜わる機会を得たことであろう。そして又、私を「方舟」同人にお誘い下さった、星野徹氏のお蔭により、よい先輩たちの間で、新しい世界を吸収する手がかりを得たことも、この詩集を出す大きな原動力になったと言いたい。最後に、この詩集の出版をひき受けて下さった青土社の御好意に感謝し、「ユリイカ!」と叫んだ、かのアルキメデスにちなんで、日常の中から小さいながらも、発見の叫びをあげたいものと願っている。
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- よる
- 子守唄
- すてきなソファ
- まばたき
Ⅱ
- 空
- 終景
- 椅子とりあそび
- 再会
- 遠景
- 二つの幻影
- ねむり
- 故障
- 円
- TB病棟
- ひとりの朝
- 治癒
- 五月五日
- 樹
- 告解
- 残像
- 水死
- 神代植物園散歩
- 在る
- 自己增殖
Ⅲ
- Before a Fall
- くちづけ
- 時計の歌
- かくれんぼ
- 満ちる
- 午後の卓
あとがき