2004年11月、あざみ書房から刊行された柴田基孝(1929~2003)の遺稿集。編集は柴田順子。附録栞は、黒田達也「九州のシュールの星柴田基孝(もとのり)氏逝く」、有田忠郎「柴田基孝さん」、石村通泰「柴田基孝さんを偲ぶ」、上野眞子「故柴田基孝さんを悼む」、谷内修三「柴田基孝さんを悼む」、吉松隆太郎「昔むかしの柴田さん」。
目次
・詩
- 健全な屋根
- 春の気分の背後で
- 運命愛のそ子
- 椎の木の夏
- 冗談をいう鳥
- 入院をする方法
- 造花の次元
- 別の場所で、別の時に
- 陽気な気分
- ついでにいうと
- 1920年代の空模様
- 風景の内側
- 百足
- 円滑な足
- 猿の気持ち
- 音楽
- 乾葡萄の缶詰め
- グラナドスの雨
・エッセイ *「現代詩の憂鬱」というタイトルでALMÉEに連載された評論
- 1「現代詩」から現代の二文字がとれなくなった
- 2詩の危うさは文体の危うさにある
- 3「詩とふるさと」を考える
- 4詩はどれほど楽天的でありうるか
- 5叙情の射程――「母音」の意味するもの
- 6引用の効果音は簡単には読めない
- 7充実した詩はつまらない
- 8私たちの戦後詩には木津豊太郎がいた
- 9私たちの戦後詩には木津豊太郎がいた
- 10急に詩の善悪のカジ取りがキカナクなった
- 11悲観主義から楽天主義へ変換する場所がある
- 12言葉の限界が文学の限界であるか
- 13あの犬は舌がよごれてゐる
- 14「亞」から昭和詩について考える
- 15戦後文学は虚妄である?
- 16モダニズムの文学を追いかけた人の意見を追いかける
- 17現代詩は退路を絶たれた
- (注「現代詩の憂鬱」という標題の評論は17で終っているが、引きつづいて書かれているのにはナンバアは付けられていない)
- 腰の定まらない話
- 老子から視覚詩まで
- 「九州の詩・現在と未来」ということ
- 目垢がつくということ
- 対談 中国の詩と日本の詩
- 45年と1日
- 反叙情と反日常の深度
- 三人の先達詩人に見る詩の活動領域(序)
- 三人の先達詩人に見る詩の活動領域(Ⅰ)
- 三人の先達詩人に見る詩の活動領域(Ⅱ)
- 三人の詩人先達に見る詩の活動領域(Ⅲ)
- 谷内修三詩集『枯れた木を植える男』の風景
- 北園克衛生誕一〇〇年に寄せて
- 言葉がコトバになる時
・「尖塔」時代の随想
- 考えたがらないNote
- 泡色の散歩
- スリッパをはいて考える文章
- 八月四日
- 考えたがらないNote
- Season offのつりかわ
- 卓記
- 考えたがらないNote
- floccinaucinihilipilification
- へんな団地のへんな話
- ナマエとモジ公害
- 言葉はわからない
- 面疔でない話
編集者としての添言 藤富保男
『別の場所から』の出版にあたって 柴田順子