2021年5月、駒草出版から刊行された井上弘治(1953~)のエッセイ集。著者は八王子市生まれ。
いわゆる青春のころ、わたしにとっては七〇年代ということになるのだが、自分をとりまく世界とか社会に対して、なんともいえない漠然とした違和感を覚えていた。
高校は卒業したけれど何もすることがなく、けだるい生活のなかで、一人でいたいという気分と誰かとつるんでいたいという気分のはざまで浮遊していた。そんな生活がつづいて、ふたたび学生生活を始めるのだが、当時の大学は学生運動の終焉とともにかなり荒んでいて、やりきれないほどの閉塞感と喪失感がせめぎあっていた。試験はほとんどレポートだったし、ロックアウトで授業に出ることもままならなかった。なんだかこのコロナ禍の時代との奇妙なほどの相似を感じる。
そんななかで、わたしはいくつかの詩の同人誌を経験し、二十代の終わりに最初の詩集を上梓した。ことばの構造が何かを見つけさせてくれるような期待感を与えてくれたのかもしれない。
今回この過去の雑文集をまとめようと思い立ったのは、会社経営という困難な仕事に一区切りつけ後進に譲り、再度ことばの世界の可能性にゆだねようと思ったからだ。
はじめは、わたしの詩集を何冊か作ってくれていた岡田幸文氏のミッドナイトプレスにお願いしていたのだが、岡田氏が突然逝去されてしまい、その希望は果たすことができなかった。そんな経緯を経て、ルール違反を承知のうえで、自社の出版部に頼むことにした。
なお本文のなかに「当時」とか「あの頃」という言い方が頻出するが、原文のままとしたため読者には煩わしさを強いるようだが、「初出一覧」を参考にしていただければと思います。
(「あとがき」より)
目次
1.
- 追憶の殺人者――「狂った果実』から那珂太郎へ
- あなたとわたしともうひとり――他者論への《覚書》
- 時を創る力―─阿部岩夫「月の人」
- 過ぎゆく恋愛――金子千佳 『婚約』
- ロマンという誤謬――阿賀猥『ラッキー・ミーハー』
- 感受性の仮面――斎藤悦子 「瞬間豪雨」にふれて
- 「おちんこたらし」と現代詩
- 過剰の人――山口眞理子の人と作品
- 川本三郎『都市の感受性』を読む
- 二つの時間のはざ間について
- 詩を書くわたし
- 反復する「いま」
- 神への返還――詩人と社会
- 人間の楽園――劣情とはなにか
- 現代詩のためのささやかな愚行――詩をどうやって手渡すか
- 連れ込みとは何か――このやるせなさの行方
- 何もしないこと
- ブルース――石川啄木の『時代閉塞の現状』を読んで
- 感覚の避暑地――角川文庫版『立原道造詩集』
- 壱拾壱、「詩の」事件あるいは情死劇
- 8墓場の)鬼太郎様
2.
- かなわぬ恋の構造
- 愛の「病」の領域
3.
- 【講演録】北村透谷 恋と内部生命の展開
4.
- 『小田さんの家』と瀬沼孝彰
- 彼方の人――瀬沼孝彰詩集『ナイト・ハイキング』にふれて
- 瀬沼孝彰の思い出――神楽坂まで
- 死んだ瀬沼孝彰
- 二つのハート――瀬沼孝彰の思い出