旧友芥川龍之介 恒藤恭

 1949年8月、朝日新聞社から刊行された恒籐恭(1888~1967)による芥川龍之介回想録。

 

 芥川龍之介は私の最も親しい友人の中の一人であつた。一高の学生時代にはじめて互ひに知り合ってから、私たちの親しい交はりは十六年ばかり続いた。昭和二年七月二十四日の芥川の自殺によつて此の交はりは終りを告げたとは云ふものの、彼のおもかげは絶えず折りにふれて私の意識のうちによみがへり、或時はあざやかに、或時はかすかに、私の心に呼びかけるのである。
 たぐひ稀れな、すぐれた資性と能力とをいだいたままに、三十六歳のみじかい生涯をもつて芥川が此の世を去つたことは、今でもなほ遺憾の極みにおもふところである。彼の死後、私は二十年以上も生き延び、碌々として生活をいとなんでゐるのであるが、若しも彼が現在まで生存してみたのであつたならば、作家として又は文学者として、どのやうにすばらしい成長を遂げたであつたらうかと、空しい想像をめぐらして見たい氣になる。
 この書に収めた諸篇は、学生時代に執筆したものと、芥川の自殺の直後に執筆したものと、一昨年から昨年にかけて執筆したものとの三つの種類にわかち得られる。「旧友芥川龍之介」といふ書名をえらんだけれど、芥川に関することだけを書きつらねたわけではなく、それ以外に、過去における私自身の生活についての敘述や、芥川に関係のある事柄から連想を馳せて、ほしいままに論述をこころみたものなどもまじつてゐる。さらに、岩波書店刊行の「芥川龍之介全集」第七巻の中に收錄されなかった故人の書簡四十二通を卷末にをさめて、故人を偲ぶよすがとした。
(「序」より)

 


目次


NDLで検索
Amazonで検索
日本の古本屋で検索
ヤフオクで検索