1976年9月、不識書院から刊行された齋藤史(1909~2002)の第8歌集。装幀は司修。原型叢書第15編。第11回迢空賞受賞作品。著者は東京市四谷区生まれ。
昭和四十二年から、昭和五十年のあいだの七百十五首。八冊目の歌集です。あらためて見直すと消したくなる歌ばかりで、原稿を手元にながく置くほど、数が減ってゆきます。いつものことでもあり、おそらく、いつまでたっても、こうなのでしょう。それに、巻末に、自分の身辺のことを書くのは好きではないのです。けれども、今回だけはしるしておくことにしました。
――前歌集<風に燃す>の終章に入れた老母の失明はいよいよ進み、晝夜もなく、時間もなく、約十年。このごろでは食事の記憶さえたちまち消えて、全く心身老耄、暗黒の中にいます。また、昭和四十八年に脳血栓に倒れた夫は、救急入院以後三年余、近頃は起床も起立も出来なくなりました。共に一級身障者です。
その間を往復しつづけて来ましたが、両者ともしだいに堕ちるばかり、荒廃の姿になってゆきます。二人を抱える重さに疲れて、自分を保つのがせいいっぱいの時があります。「これでは、どっちが先になるかわからないわ」と冗談めかしてつぶやき、また立上る毎日です。
人間の責任を果してのち、なにほどの時間がわたくし自身のために残されているかはわかりません。はずかしい作品ではありますが、すこし急いで整理をしておこうかという気もして、不識書院主、中静勇氏の御すすめをありがたく受け、この集をまとめました。
歌誌<原型〉は、仲間たちの力によって休まず発行をつづけております。よき仲間をもち、よき知遇を得たしあわせを、あらためて感謝申しあげます
(「あとがき」より)
目次
Ⅰ 昭和四十二年
- 山湖周辺
- 耳もて問はむ
- 密呪
- 白露
Ⅱ 昭和四十三年
- 明日は見えぬ
- くだたま
- 冬雷
Ⅲ 昭和四十四年
- あけぐれ
- 朱黄の羽毛
- 風たてば
- 夕鳥・ひかりごけ
Ⅳ 昭和四十五年
- 背後
- 風破れ
- 夢織りの
- 魚痩せて
- 修那羅峠
Ⅴ V昭和四十六年
- 鳥田楽
- 櫻桃
- 朱竹
- 無銘
Ⅵ 昭和四十七年
- 信濃弓
- 虚空
- 鬼供養
- 春近く
- 湿原
- 風のやから
Ⅶ 昭和四十八年
- 風紋
- 見えぬ
- かげ
- つゆむし
- 水底のごとき
Ⅷ 昭和四十九年
- ここはいづこの
- 野鳥
- 濃むらさき
- 黄落のとき
Ⅸ 昭和五十年
- 夜の雪
- さくら
- ひたくれなゐ
あとがき