1983年4月、現代企画室から刊行された水野るり子(1932~)の第1詩集。第34回H氏賞受賞。
私の中で睡っている一人の子どもが目をあける。その子どもはふしぎに思う。夢の中ではあんなに理路整然と一つの物語をかたりかけてきた存在感のある物たちが、光の中ではどうしてこんなにも色あせて、意味もなく、ばらばらにちらばってしまうのかと。子どもは不安でならず、ともすると昼とも夜ともつかないうす闇の一隅へ退いてかくれてしまう。
あのなまなましい色彩と音と匂いとに満ちた万物の共生の空間、あれはもう失われたおとぎばなしの世界なのだろうか。あるいは大人も毎夜子どもになって、それとは知らずに通りぬけているのだろうか。万物がかわりばんこに、木や石や人のなかへかくれていく夢の空間を。
ある夏の日、「ヘンゼルとグレーテルの島」がぽっかりと私の意識の底から浮き上ってきた。私がまだ少女だった頃に亡くなった五才年上の兄とのあり得なかった思い出をはじめて思い出す作業のようだった。その過程で兄は私自身の分身となった。夢の記憶のような絵の断片を磁石のように吸い寄せながら、その後いくつかの詩を書いた。一篇の詩を書くと世界が変って見えた。(「あとがき」より)
目次
Ⅰ
- ヘンゼルとグレーテルの島
- ドーラの島
- モアのいた空
- 象の木の島で
- 木の家
Ⅱ
- 灯台
- 時間(Ⅰ)
- 時間(Ⅱ)
- 丘
- 影の鳥
- 耳
- 魚
- 蛇
- 魚の夜
- 灰色の木
Ⅲ
- 春のモザイク
- 卵
- 忙しい夜
- 影のサラダ
- 馬と魚