実説・火野葦平 九州文学とその周辺 原田種夫

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 1961年、大樹書房から刊行された原田種夫による火野葦平の評伝。装幀は池田仙三郎。

 

 紆余曲折のあるのは当然のことながら、「九州文学」が地方文芸誌として他に類例のない永い歴史と内容を誇ってみるのは、やはり偶然ではなかった。もちろん、東京のやうな雑居都市とちがひ、地方都市のもつ地理的、血縁的条件が、その文学にとって特殊な役割をはたしてゐることは十分うなづけるが、やはりそれだけではなかった。いまそのことを、原田種夫君の労作によって、あらためて知らされた思ひがする。
 「九州文学」がそのかがやかしい命脈を保ちえた理由の第一は、同人諸氏の心底に一貫してながれてある友情と文学への愛情である。まことに羨望にたえないものがある。その友情と愛情の支柱があって、「九州文学」が存在した。その中心人物が火野葦平であったことは、九州の文学にとってまことに幸運であったといふことができる。原田君は、「実説・火野葦平」に九州文学とその周辺といふサブ・タイトルをつけてゐるが、本書の内容は是非ともさういふサプ・タイトルを必要とする。火野葦平と「九州文学」は、表裏の関係にある。火野葦平を語ることは「九州文学」を語ることになり、「九州文学」を語ることは火野を語ることになるからだ。
 私は火野葦平早稲田大学時代、同人雑誌「街」でともに小説を書いてみたひとりである。火野は卒業をせず、故郷にかえり、家業をついだ。が、家業を継いで九州人にかへったのではなく、文学をやることによって九州人となった。東京にも家を持ち、それを江戸下屋敷と呼んだ。九州を愛し、九州の人間を愛した。それが火野の場合、徹底してゐた。その火野葦平は、高塔山に文学碑を残して、いまは幽明境を異にしてみる。
 原田君は縷々として火野の人間を書きつづってゐる。原田君が火野を語ることは、「九州文学」を語ることであり、友達を語ることであり、自分自身を語ることであった。本書の最後に「九州文学」を継承していくことを火野の霊に誓ったことを書いてあるが、この書は原田種夫の労作でありながら、「九州文学」同人すべてのものにもなってゐる。そこに、この書の特色がある。哀惜の情をもって書きつづったこの書が、印象にふかいわけである。この書は原田君が同人を代表して書きあげたやうな火野葦平の鎮魂の書である。
(「序にかへて/丹羽文雄」より)

 

 火野葦平が突如として亡くなったのは、昨年の一月二十四日、寒さきびしい朝であった。あれから一年も半ばを過ぎたが、わたしの火野に対する愛惜の思いは少しもうすれない。幼童のように無邪気であった火野のような人間にふたたびめぐり逢えようとは思えない。河童を愛し、麦酒を愛し、玩具を愛し、いささか骨董を愛し、人間を誰彼となく愛した珍らしい人物であった。

 この作品は、昨年の五月から十月にかけて、西日本新聞に、「実説・九州文学」と題して連載したものに補筆したものである。怠惰なわたしを富永文化部長と青木次長がつねに鞭撻して下さったので連載できたのだ。さて、「実説・九州文学」と題して書きだしたのに、いつとなく、「実説・火野葦平」になってしまった。じじつ、『九州文学』は火野葦平を支柱として今日まで続いている雑誌だからそうなるのは当然であろう。それと今一つ、わたしが火野に対してもっている愛情からそうなったのである。
 この書物に、「実説」を冠したのは、一行の虚構もないという意味である。結果においては、「私説・火野葦平」になっているかもわからない。しかし、「私説」にはまた「私説」の面白さもあると信じている。これは、小説ではなく、まして評伝でもなく、一つの読み物として書かれたものである。長篇随筆とでも呼ぶべきであろうか。
 火野葦平という偉大な地方主義作家の善良な人間像は、いまも多くの人たちの記憶のうちに生きている。亡くなった火野を愛惜する人びとはたくさんある。そういう人びとに、この書物を捧げたいと思う。また、この書物を一つの火野葦平資料として読まれるひとのために、「火野葦平年譜」及び「九州文学小史」を添えた。
(「あとがき/原田種夫」より)

 

目次


序に代へて 丹羽文雄

  • 色赤き紙
  • 文学のお祭り
  • 合同まで
  • 文学と漂泊
  • 暗い雲
  • 黎明
  • 時代との対決
  • かわいた日日
  • 戦火
  • 廃墟の中で
  • 浮沈
  • 薄明
  • 『寂寥派』のころ
  • 往く
  • 明暗
  • 梅散りの風

年譜(火野葦平)
研究書目・参考文献
『九州文学』小史

跋 岩下俊作
  山田牙城
  劉寒吉

あとがき

 

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