黄金の秋 桃谷容子詩集

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 1988年10月、詩学社から刊行された桃谷容子(1947~2002)の第1詩集。装画は黒木邦彦。第3回福田正夫賞受賞作品。

 

 桃谷容子さんに、お会いしたことはない。一枚の写真は目にする機会があった。この詩集の版元である、嵯峨信之氏から見せていただいたのだ。
「冬の海」という作品は特に好きな一篇だが、彼女はあの詩の中の〈わたし〉のように少し投げやりな悲しみを漂わせて、まさに冬の海辺に立っていた。美しい人だった。華やかな伯爵夫人のようにも、また同時に、八歳のさびしい少女のようにも見えた。
 嵯峨さんは「僕は詳しく知らんのだが、二十代ではないかな」と言われた。「そんなことはないでしょう」と、私は答えた。
 作品を通読して、この書き手の正直さ、直截さに最も打たれた。外国語の多用などで、時として装飾的な印象を与えることがあるかもしれないが、本質的には、彼女はレトリックを必要としない詩人だと私は思う。暗号もあるが、非常に解きやすいコードで用いられている。
 彼女はまず、"物語"の語り手なのだ。それもフィクションではなく、事実そのものの中にある"事件"(ドラマ)を詩の角度から切りとってくる、という形の伝達者として。その意味で私は、先に挙げた「冬の海」や、母への憧れと恨みを率直に反映した「夏の旅」「王国」などの幼時ものに、事実の重みへの感嘆と、あえて言えば深い興味とを特に感じる。
(「正直な書き手/吉原幸子」より)

 

 

 <私が八歳の春、母親代りだった一番上の姉が病死し、しばらくして溺愛してくれていたばあやが姿を消しました。森のような邸の庭の暗黒に一人、私はとり残されたのです。子供心にもう自分を愛してくれる者は誰も居ない――そう思いました。その時味った深い喪失と空白の感情は、八歳の子供にとって身にあまるものでした。私は溺れかけている者が何かに必死で捉まるような思いで、黴臭い書庫の中で一日の大半を過しました。そして題名の気に入った本を何冊もとりだしては、庭の奥の花の咲かない桜の樹の下で読書に耽溺しました。(半分以上は何が書いてあるのかわからないままに…)云わばボードレールやヴァレリィ、達治や露風が、私の第二の母代りになったのです。…>

 これは詩誌アリゼ創刊号での「詩への抱負」というページに私が書いた冒頭のことばです。
 処女詩集をこのたび出版することになり、では私が詩を創りだしたのは、いったい何歳ぐらいのことだったのかしらと思い返してみますと、帝塚山学院高校で、庄野英二先生に現代国語を指導していただいたことがきっかけではなかったかと思うのです。先生の現代国語の時間には、たくさんの古今東西の名詩を暗誦させられ、私はそのひとときが楽しみで楽しみで仕方がなかったのを今でも覚えています。しかしその当時、私が本当に目指していたのは、やはり作家である先生の影響かロマン(小説)を書くこと、ロマンシェ(小説家)になることでした。ですから大学二年の夏、京都大学新聞の募集した懸賞小説に応募して、「一九六七年の<Demon>」が運よく紙上に掲載された時の喜びは何物にも変えがたいものでした。
 しかしそれはまた両刃の剣のようなもので、選考委員のお一人であり、今は亡き高橋和己氏に〈女性でありながら、女性であることをこれだけ残酷に描ける人は、それだけでも凄い才能だと思う〉と批評していただいたそのことばが示すごとく、私にとって小説を書くということは骨を削るような所業であり、それを発表するということは、やはり選考委員だった野間宏氏と井上光晴氏が批評してくださった〈自己の内臓をさらけだす〉〈本当に苦しみながら書いている〉ことを認識する結果となってしまったのです。私はその時から小説を書くことをやめ、詩を書くことに転向していきました。そのようなわけで、私が詩を書くことは、小説を書かないことに対する逃避のような思いがどこかにあり、なんとなく後めたい思いのするものだったのです。このたびようやく第一詩集を上梓することができ、その後めたさから解放されたような気がします。
 学生時代からの憧れの人だった、吉原幸子先生に跋文をいただき、夢のようです。ありがとうございました。また詩集出版に関して大変なご助力を賜りました詩学社の嵯峨信之先生、人生面でも、詩人としてもまだ未熟な私をあたたかく見守り、励まし続けてくださった「アリゼ」詩の会の皆様、本当にありがとうございました。
 ギャラリーレセプショニストをして六年になります。毎年春龍展でお世話をさせていただいている黒木邦彦先生の美しい絵で、カバーと中扉を飾らせていただきました。お礼を申し上げます。
 最後に私の幼い詩心を育んでくれ、私などよりもはるかに文才の誉れ高かった、夭折した姉にこの詩集をささげます。
(「あとがき」より)

 

目次

  • 囚人生4…
  • ダル・モジェジィ
  • マグダレーナ・メディチの指輪
  • ガロ神父
  • La mer est proche〈海は近い〉
  • オシュヴェンチム
  • ラ・トラヴィアータ
  • テレーズ・デスケル
  • 天国の風
  • 黄金の秋
  • 夏の旅
  • スペインの桜
  • わたしを癒さないで
  • クリスチーネ
  • 紅い雪
  • マレクとヨランダ
  • 使者
  • メフィストワルツ
  • 王国
  • 春の殺戮
  • トマトの日時計
  • 凍てる薔薇
  • 冬の海
  • 聖フランシスコのように
  • 輪舞
  • 冬の光
  • 天使の生成
  • 詩人の墓


正直な書き手 吉原幸子
あとがき


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