1941年8月、実業之日本社から刊行された矢田津世子(1907~1944)の自選短篇集。装幀は福田豊四郎。画像はカバー欠。
自選短篇集を編むにあたつて、改造社版昭和十一年刊行の小説集「神樂坂」から「父」「弟」「桐村家の母」「女心拾遺」を拔いてみた。「遠國の螢」「ひかげかづら」「花火」「池畔にて」「兄妹の記」は、自分としては雅く甘すぎるやうに思ふけれど、甘さが過ぎて卑俗に隠さなければ仕合はせである。
「茶粥の記」は今年の作、自分のものゝ中では「痀女抄録」同樣、長い日をかけた作品である。それだけに愛情深い。
作中の靈泉寺へは折りをり出かけて行くけれど、春から夏へかけてのこの山あひの素朴な温泉場は小鳥の聲で明け暮れる。澄んだ張り高い鳴き聲に假睡の夢を覚まされ、ふと限をあげると、チョッペリと赤い涎掛をかけたやうな見知らぬのが窓べりに止つて、喉を震はせてゐたりする。手を伸ばすと捕まへられるほどの近さである。そんな小鳥の無警戒さ馴れなれしさに、まごつくこともあつた。心たのしい記憶である。
(「あとがき」より)
目次
- 茶粥の記
- 父
- ひかげかづら
- 弟
- 花火
- 桐村家の母
- 遠國の螢
- 池畔にて
- 女心拾遺
- 兄妹の記
あとがき