1988年3月、書肆山田から天野忠(1909~1993)のエッセイ集。装幀は宮園洋。
「瓢箪から駒が出た」みたいに、この「感傷的」が本になったので、当人が驚いている。二十年も前に、ひどく粗末な体裁で、極く小部数を内輪の読者のための限定本として、小さな世間へ送り出したものであった。それが縁あって広く陽の目を見るということは、まことに冥加につきるよろこびではあるが、その反面、これはまことに面映ゆい。これらの稚ない文章の書きはじめは、三十年近く前の一九六一年に、山前実治君の「詩人通信」というタイプ・オフセット刷りのパンフレットに、埋草記事として現れたものである。その「詩人通信」は十五号(一九六六年)で打ち切りになった。今回はそれに、井本木綿子さんの個人誌「馬」(一九七六年―一九八五年休刊)に載せた四篇と、篋底にあった「薔薇連騰」を加えてもらった。この中には、所謂「世に迎えられず」に逝ってしまった人が多い(行方不明の人もいる)。その人達の鎮魂歌にこの本がなろうとは今も思わない。私の持ち前の感傷的症候群が、ひとりよがりに書き散らした、まことに身勝手な感傷的駄文にすぎないであろう。いま読み返してみて、自分の「老い」にこのごろようやく納得しかけている私は、これはこれ、あれはあれという薄情な心境でいる。
それにしても、瓢箪から、こんな埒もない古めかしい駒を出してくれた版元をはじめ、宮園洋さん、大野新さんの寄せてくれた数々の友誼に厚く感謝する。
(「あとがき」より)
目次
- 爪 倉橋顕吉のこと
- 田舎の祭 武田豊のこと(一)
- ボヘミヤ歌 福原清のこと
- 笑った海 リアル書店と城小碓のこと
- Moment Musical 野殿啓介のこと
- 恋のうた 安藤真澄のこと
- 「三月」と「夜の魚」と 岩本敏男と中江俊夫のこと
- 訳詩 袖珍本ワイルド詩集のことなど
- Mortality 田中克己のこと
- 「雲の上」と「それから」 半井康次郎と及川均のこと
- 祝福 荒木二三のこと
- 一粒ノウメボシ 井上多喜三郎のこと
- うなぎ 山村順のこと
- この眠りの果実を 片瀬博子のこと
- 後生楽 武田豊のこと(二)
- ないしょの人 伊藤茂次のこと
- 朗読 山前実治のこと
- 巾着井戸をのぞく 竹中郁のこと
- 薔薇連禱 グルモン
あとがき