1962年12月、河出書房新社から刊行された高橋元吉の詩選集。
高橋元吉氏がこれまでに出版した詩集は『遠望』(大正十一年十月・金星堂刊)、『耽視』(大正十二年五月・金星堂刊)、『耶律』(昭和六年二月・やぽんな書房刊)の三冊である。したがつてこの『高橋元吉詩集』はその第四冊めに当るが、これらの詩集の上刊についていうと、『遠望』『既視』は著者が編集し、『耶律』は友人の高田博厚・吉野秀雄氏が編集した。そしてその第四冊めを、主として同郷のかかわりにおいて私が編集した。
既刊の三冊は大正十一年から昭和六年までのあいだの刊行だから、ほぼ十年間の作品ということになる。ところがこんどの第四詩集は、それ以後の三十年ちかい年月にわたつており、草稿として書かれた作品の量はおびただしいものであった。詩壇的なかかわりをもたない著者は、その永い年月のあいだ紙片やノートにそれらの作品を書きとめたまま、整理もしないで放っておいた。それを高橋通乃さんが年次順にまとめたのだが、その草稿はおよそ千三百篇あるという。この中のごく少数が『歴程』『コスモス』(季刊誌)その他数種の雑誌に発表された。他に『歴程詩集』『昭和詩集』(冨山房文庫・萩原朔太郎編)『現代詩集』(角川文庫・草野心平編)『日本詩人全集』第三巻(創元文庫・草野心平・高橋宗近編)『現代詩人全集』第四巻(角川文庫・伊藤信吉編)などに数篇づつ収録されている。ほとんど発表ということをせずに、生地の前橋市で詩作をつづけていたのである。
草稿の一つ一つを私はできるかぎりくわしく読み、その中から最初三百篇ほど選んだ。それを年次順に区分して高田博厚・藤原定氏に読んでもらい、両氏の意見を参酌しながら最終的に私の独断で収録作品を決定した。数年前から前橋をはなれて療養をかねて海浜に暮しているため、著者は編集について一言の注文も出さなかったし、私の方で意見をもとめることをしなかった。それだけに収録作品の決定について、私は私の最終的な決定の当否を、何度かたしかめてみた。編集についての私の配意と努力はこの一点にかかっている。この詩集の出来ばえの良さ悪さは、すべて私が負うべきものである。
ここで編集者としての私の感想をいえば、すくなくともこの詩集におさめた作品は、詩それ自體として、それぞれの完成や成熟をみせている。それが現代詩の風潮と合うかどうかは問うところでない。私にとってそういう問題は論外だった。いつさいの問題はこれらの作品が、詩として何を語るかということである。
収録作品の配列は『耶律』以後から選んだ百四十六篇を最初に置き、これに『遠望』から十四篇、『既視』から二十二篇、『耶律』から三十八篇を採って年次順に置いた。それゆえこの詩集は、高橋元吉氏のこれまでの詩業の全貌を暗示するものといつてよく、そこに私は、厚みと深みのある定着した詩的世界をみる。もとより評価は私の語るべきことではない。全巻から発する言葉こそすべてである。
(「編集後記/伊藤信吉」より)
目次
・乱抽詩鈔
- 蘭
- 冬夜
- 眼が覚めて
- 無題
- 水のたたへの
- 某日秋
- 欅
- 秋、途上にて
- 川の音
- 秋の日
- 車上秋景
- 一つの意志
- ナザレの人
- 冬の夕方
- 海の月
- 旅の終り
- この日ごろ
- もう一つの
- この種属
- できたての光
- 胸の底が
- 夕ばえ
- 木犀の匂ひ
- 窓外の景色に
- 蟲の音
- 今年の蟲の音
- 自家のみえるところ
- その人の眼,
- 霧の奥から
- 一叢の小笹
- 今年初めての蝉
- バスの来るのを
- 不意に眼が醒めて
- 台風の前
- かたむく月影
- 蝉のこゑが
- 灯のいろ
- 艶治な月
- 銀河
- 山茶花
- 断章(四篇)
- 樹立の奥へ
- どこか身内に
- 隠岐の写真
- 冬の夕がた
- さうだ、それは
- 最も直接な
- はげしい風
- 生涯の梭
- 石楠の苔
- いささか厭人の
- にほひすみれ
- 溢れる川
- 夕暮れ
- 暗い夏の晩
- 紅梅
- さくらの樹皮
- でたらめな月
- 春の星
- 流れ
- その視線は暗く
- 海の告別
- 桐の花
- 一枚の新聞寫真
- 月が中天にある
- ぼけの實
- 蟲の聲
- 道のむかう
- 秋海棠
- 合歓
- 内から見えてくるもの
- 紅梅の枝に
- 二人の老人の顔
- 福壽草など
- 四十八年前の
- 意識の底に
- 人間にはいやおうが
- 夢の中で
- 牛
- 五月
- 夕暮がきて
- 日が沈んだ時分に
- いのちの炎
- 牛
- 落ちた星
- 寒い日のあと
- 元つちゃん
- さうぢやないんだ
- 詩二篇
- 心の底にはばたく
- 生涯の季節
- 白桃の花
- 永遠の饗宴
- 春日
- 花のあと
- ゆふづき
- 立秋
- 運命の氷河
- 木犀
- 木犀の花
- 暮雲夜樹
- 日上月下
- 鳴く蟲
- 日はすでに傾き
- 本通りだの裏通りだの
- うねりのやうに
- ゆふやみ
- 冬
- 梅の花
- 山葵
- 五十六歳の晩秋
- 花瓣の線
- 線
- 風
- 繫戀
- 成熟へのねがひ
- かりんの花
- ひたひたと
- 電燈の下で
- 石の上の苔
- 見あげる視野に
- 運命
- 十五の少年
- 星のやうに
- 酒に酔ひすぎ
- 晩秋の雨ふる夜
- 明るくなり暗くなり
- 運命のなかを
- 水の中かなにかを
- 道
- 行きついてしまへば
- をりからの夜の雨
- それにも拘はらず
- からたちの實
- 「物」というもの
- おれも眠りに落ち
- それを見てみるうちに
- 山脈
- 望遠鏡の中に
- わたしの中にあるもの
- その岸
・遠望
- 秋
- 雲雀
- 働かない人間
- このしづかなる草の葉のなかに
- 空
- 高貴なる厭世思想
- 海
- 幻の海
- 稲の花
- 初秋の雨後
- 自分は火の見へ上った
- 夕暮が静かに来て
- 遠いい光
- まぼろしの鶴
・耽視
- 認識
- 無題
- 形容詞遠離の境
- 臨海の道にて
- 風の音
- 美しい河
- 傷心
- おれは文字通りに
- ああ、笑つてゐる
- この高い波を
- ええそれもいいでせう
- おれを愛してくれる
- 萩も繁り芒も
- 日はすでに落ちて
- 三つの年に
- 十二時だって
- おお、マスネのエレジー
- オリオンよ
- 久しぶりで障子を
- よせくるかなしみの
- ないちんげえるよ
- しまひにおれは
- うるはしき不死の思想
・耶律
- 冬枯時
- 生の涯にて
- 或夜の月
- 夏日
- わたしは幻想に
- いやな鶏だな
- 白い蛾はミスチックだと
- ゆふだちがきて
- 暗あい空の下で
- 宿命のやうに
- 秋
- 牛はのっそり
- 寂しい夜明けを
- 月暈のある
- 朝ぐもりが
- 偶成
- 笹の葉
- 或時
- にはとり
- 或夕方に
- 北國のやうな胸
- 陰晴
- けさは大気の
- あめかぜつのり
- おもひわび
- ちやうど
- あれはなにの花
- また新しく
- エロイカのなかの
- つはぶき
- ナザレの人
- その胸をおもふ
- それは気持のいいことだ
- 落葉林にて
- 鶴の夢
- 一本の冬木のやうに
- かりんの花
- 近作
- こんなところに
- 秋風に木が
- 立ちあがると
- 夜なかに眼が
編集後記