1961年6月、筑摩書房から刊行された上林暁(1902~1980)の第22著作集。装幀は栃折久美子(1928~)。
私は明けて六十歳(數へ)である。輕かつたが、腦溢血で倒れてから十年目になる。倒れて間もなく、私は英國の巨匠レイノルヅが腦溢血に罹つてから十年の間に百枚のキャンバスを描いたといふ事實を知つて、自分も十年生き延びて、その間に百編の作品を書きたいと念願を立てた。最初の二、三年は書く作品を數えてゐたが、次第にずぼらになつて數へることを止めてしまった。で、はつきりしないのだが、今までのところ百編には少し缺けるやうだ。それでも、今年いつぱいにはほぼ所期の目的を達するのではないかと思つている。
これは、幸にもさういふ十年を經て、六十代に入つて最初に出す作品集である。明けてからまだ日が淺いので、收録作品には六十代になつて書いた作品は一つもなく、五十代の終りに書かれたものが主である。
この作品集で、私が最も力點をおいてゐる作品は「お月さん」である。それで「お月さん」といふ表題にしたかったけれど、この前の作品集も老父を主題にした「御目の雫」といふ作品が表題になっていゐるのだ、再び老父を主題にした「お月さん」を表題に採るのは、氣が進まなかったのである。(「あとがき」より)
目次
- 迷ひ子札
- 美人畫幻想
- お月さん
- とんと
- 舊友交驩
- 新年の宿
- 着物について
- 市中隱栖
あとがき