2008年2月、水仁舎から刊行された峰岸了子(1944~)の第9詩集。長編詩。装画は峰岸伸輔。
母(義母)が逝って二一年。認知症(当時の老人性痴呆症)を病んでの他界でした。現実には齢を重ねていくのに、過去の想い出の中で暮らす母の頭をよぎる年齢はだんだんと若返り、とうとう幼い子どもの頃まで戻りました。終わりの半年ほどは病院で過ごし、ついに起き上がることも話すこともできなくなり、一日中ベッドで眠る母のロから最後に私が聞いた言葉は「おかぁちゃぁーん」。澄んだ幼女の声でした。これは何を意味するのでしょうか。私を強くとらえて離さないこの(謎)と、痴呆の母との成り立たない会話のさなかに聞いた言葉の数々。心情の吐露とも思えるそれらの言葉は、混濁の意識空間で生きる人の、ほのかに見える心の立ち姿のようであり、私は忘れないように書き溜め大切に取っておきました。母と過ごした凄まじくも哀しい、そして少しこっけいな日日をいつか詩に書いてみたいと思いながら。
時間は誰のところにも公平にやってきます。気がつけばいつの間にか私も、何があってもおかしくない年齢です。しかし(謎)は依然として(謎)のまま。どこから手をつけていいのか、あきらめの境地の私に思いもかけず、北海道で個人詩誌「EN」を発行している伊林俊延さんから「自由に詩を書いてみませんか?」のお誘いがありました。見ず知らずの伊林さんのお言葉でしたが、いま取り組まなければもう書く機会はないかもしれないと、意を固めました。こうして出来上がった『かあさん』は私の九冊目の詩集です。二〇〇五年一月の六三号~二〇〇六年一二月の七〇号まで、招待詩として発表した作品に加筆、訂正をしました。
ほとんどの詩が母と私の個人的な体験から生まれましたが、友人のTさんのお母さんも顔を見せたり、他にも同じような話を聞くと、これは一人の母の物語ではなく、認知症を病む人々の共通の出来事であるかもしれない、と考えるようになりました。
(謎)に導かれ(答え)を探し求め書いた詩です。記憶を失い物事を認知することができない人たちの心奥を、わずかでもお伝えできればどんなに嬉しいことでしょう。亡き母と、たくさんの「かあさん」、そして伊林さんに感謝を捧げます。
(「あとがき」より)
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