遠い旅 齋藤怘詩集

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1994年5月、私家版として刊行された齋藤怘の第7詩集。著者自装。

 

 第五詩集『暗い海』を纏めてから十年。その間定年を迎え、一〇三歳の母を送った。詩に親しんで五十年。私は未だに戦争の傷痕を引きずっている。ソウル生れの私は、考え方や生活態度がストレートに韓国的で、村社会の日本では何時も孤立していたように思われる。孤立した心がバランスを保てたのは、心に詩を求める情熱が溢れていたお陰であろう。この十年、文庫本『齋藤怘詩集』と金光林詩人による韓訳詩集『清津の子供たちももう老いたでしょう』の二冊を世に問うことが出来たが、雑事に追われ、新しい作品を纏める暇がなかった。母が持ち帰った引揚のがらくたを焼いていると、酒酌み交わすこともなく敗戦の大連で他界した親父のことや、力一杯生き抜いた母のことが偲ばれた。
 父の享年をとうに過ぎ、体調整わず、全ての公職から身を引いた今、花に嵐の例えもあるので、父の五十回忌、母の七回忌を前に十年間の作品を一冊に纏める気になった。この詩集はそれら父母に纏わる『いのち』の作品、次のテーマとして追って来た『匂』の作品、私の生涯を織る横糸としてのソウルの作品等の中から三十編を選んで編集した。これらの詩は折々の私の素顔にすぎないが、私がその中で永遠の眠りに就く、不細工な小さな心の繭でもある。
 学徒出陣から五十年、今年私は古希を迎える。あの頃の切羽詰まったその日その日、引揚後の身のおきどころなく生きてきた日々の影が、時を越え、今私の瞼を過ぎる。思えばここまで私を励まして下さった多くの方々、お教えをいただいた多くの方々に、初心に返ってこの詩集を捧げたい。
 それにしても敗戦のソウル郊外清涼里で別れ、半世紀にわたり背後から語りかけて来た生死不明の親友(チングサラム)に、この詩集を送る術がない。この詩集が彼との対話から生まれてきただけに、生涯の痛恨事として今も私の心に残り続ける。
(「あとがき」より)

 

 

目次

Ⅰ いのち

  • ああ母一〇二歳
  • 行き暮れて
  • 心の旅
  • 父の辞世
  • 渤海の鞄
  • 遠い旅
  • 新茶

Ⅱ におい

  • くさや
  • カレー
  • 桜湯
  • もつ焼
  • 漢江大橋
  • さんま
  • トマト
  • 松茸
  • 樽酒
  • 金木犀
  • 夜香木
  • 月下美人
  • たき火
  • いのち

Ⅲ むみょう

  • あかしやのソウル
  • 冬の漢江
  • ソウル駅
  • ソウルの子
  • 秋の神代植物園
  • 焦熱地獄
  • 無心の春

あとがき


関連リンク
斎藤怘(Wikipedia)

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