1966年1月、思潮社から刊行された生野幸吉(1924~1991)の第2詩集。高村光太郎賞受賞作品。
詩を書きはじめてから足かけ二十年目に第二詩集が出ることになった。いわばボールを持ちすぎる気味のあるわたしが、にわかに心動いてこの集をまとめることができたのは、思潮社の好意あるすすめによる。ドイツに留学しようという寸前に刊行された処女詩集「飢火」(一九五四年、河出書房)につづくものだが、ここには飢火以前の作品、飢火から再録した作品およびそれ以後のものを、ほぼ同量づつ選んだ。二十年間の制作全体の約三分の一にあたる量である。こうなったについては書肆の意向もあるが、発表の機を得なかった飢火以前の作品に対するあらたな愛着も手伝っている。
詩集には自註のたぐいは不要だと信じているが、今度はこうした選集という 事情があるから、多少ことばをついやすことをみずから許そう。処女詩集の書名が、白居易の飢火焼其膓にちなみ、当然「きか」と読まれることをもこの機会に言っておきたい。
冒頭の詩は、一九四六年八月に、にわかに緊縛がほどかれたように書かれはじめた約二十篇の作品の最初のものである。十二歳のころからもっぱら短歌にしたしみ、詩を書く勇気ときっかけを持たなかったわたしに、兵営にいた一年間の空白が、短歌との絶縁を用意してくれたともいえようし、また、兵営を目前にした一夏の、わたしにおびただしい短歌を作らせた、これをかぎりという衝動が、二年をへだててふたたび盛りあがり、しかもそのとき短歌という枠がおのずから壊れていたともいえよう。それにつづく散文詩若干と、一年あまりわたしに苦しい徒労を強いた押韻詩のこころみからの数篇(「無頼の日から」および「十一の冬の唄」のなかの「冬深み」「乾鮭(からざけ)と」、また今おもえばわた しとしては豊饒多産だった一九五〇年の作品、それらがこの集の第一部である。ただし四七年から四九年までの、いわば、ぐれた調子の作品や押韻詩からはわずかしか採ることができなかった。
一九五〇年には数多く着手した詩とリルケについての卒業論文とのあつれきのうちに、詩稿の大半が自棄めいた推敲によって台なしにされたと思っていた、数年前のある機会にそのほとんどを原型にもどし、過去の感情が定着されるのを知り、それらに存在権を認めた。この詩集と並んで同じ書店から刊行する用意をしているわたしの最初の詩論集(「抒情と造型』)が、おこがましくもそのリルケ論で始っているのと呼応するようである。
飢火から採録した作品および爾後のそれについては、当時みずから力作とみなしたものや長大にすぎる作品をはぶいたことを言うのにとどめる。
この春以来、おびただしい詩稿の選択について、長友川村二郎君と思潮社の川西健介氏を煩わすこと多大だったが、自選に伴いがちな偏荷を、両氏の好意によってまぬかれえたかと思う。ただし、両氏の意向にそむいて取捨したものも数篇にとどまらない。
仮名についても新旧いずれを取るべきかに思い悩んだが、旧かなづかいが創作の動機、すくなくともそのきっかけにすくなからずかかわる場合があり、結局は主として制作のときの原型に拠った。つまり、ドイツで書かれた「齟齬」からあとは新かなづかいである。活字の新旧は字体の不揃いを恐れて、印刷所の都合にゆだねた。
最後に、これらの作品の大部分は、ガリ版の東大独文科創作集にはじまり、 北斗、養士、詩学、浪漫群盗、歴程、現代詩手帖、海門、無限、近代詩猟などの諸誌、ユリイカ、角川文庫、日本詩集そのほかのアンソロジーに発表された。それらを通じて異稿が多いが、この詩集の形を今は定稿とみなそう。(「あとがき」より)
目次
(1946~1947年)
- 酩酊
- ふなむし
- 障子
- MINIATUR
- 病める夜
- 春の呪
- 無頼の日から
(1949年)
- 思慕
- 不眠
(1950年)
- ひばり
- 早春から
- おそれ
- むぎばたけその他の素描
- 夕の素描
- 遷るにつれ……
- こんなやはらかな……
- 稲妻
- おそれ
- ひかりといふひかりが……
- あき
- あき
- 悲歌のための素描と断片
- 無力へひろがり……
- 白昼の内奥ふかく
(1946~57年)
- 十一の冬のうた
(1951年)
- 早春の
- さわさわと海の……
- 白い溝ある……
- 明けざるあさのうた
(1952年)
- きさらぎの唄
- 地下
- レモン
- 三人
- 食
- 海
- 傷
- 剣岳
- 晩夏
- 太陽転換
- 声
- きりどほし
(1953年)
- 飢火
- 雪へのさそひ
- 底流
(1954年)
- 雲
- かわいた女
(1955~1952年)
- 齟齬
- ふぶき
- 赤でんわ
(1958年)
- きさらぎ断片
- あかるいきさらぎのうた
- あと
(1959~1964年)
- 雲
- 葬
- 占
- おりふしの四つのうたの
- あらし