1972年5月、山梨シルクセンター出版部から刊行された牟礼慶子(1929~2012)の第3詩集。装幀は安部真知(1947~1993)。「現代女性詩人叢書 」6番。(安倍真知は安部公房夫人)
風景というものを、四角に切りとった平面にしか見なかった若年のころ、私はいつもあわただしく書きいそいでいたような気がする。私だけが見ることのできる光や色があり、それが消えないうちに描きあげなければならないと思っていたから。案外自分の眼を信じるふりをして、それなりに居心地のいい自分の眼の中に溺れていたのかもしれない。
ところが、いつのころからか、肩ひじ張った見ようとする姿勢がくずれて、今見えているのは一つの仮景であって。また次には今とは違う仮景が現れるだろうと思えるようになった。見ようとしている自分が問題なのではなくて、自分がつかまっている世界のほんのかたはしばかりが見えれば、それでいいのである。風景ばかりか、とるに足りない自分までが見えてきたというのだろう。自分こそ一点景になって、風景の中へ立ち返ることだ。流水には流水の光、落花には落花の色、その時時の美しさが見えてくるとき、風景の中へ新しく参加することができるのだとも思う。『日日変幻』と題するゆえんである。
第二詩集以後の作品をまとめたが、巻末の「胸の中の地図」はそれらよりも前に書きあげたものである。偏頗な感じ方や、一本調子な言い方に嫌悪も愛着も同じ程度に強いのだが、若い時代を現像するような意味からあえて集録した。
(「あとがき」より)
目次
I
- ある日私は
- ことば
- 男と女
- 女の形
- 旗をおろす
- 出て行く
- 新年への挨拶
- すきまだらけの
- 八月の村
- 星を撃つ
- 不吉な物語の夜
- 悪い夢の中の子守唄
- 仮面
- 昨日と明日の間
- 前兆
Ⅱ
- 素顔の海
- きみの中の赤い海
- まぶたの裏側の海
- 夜明けの部屋の海
- 見えない海
Ⅲ
- 胸の中の地図
牟礼慶子の詩=大岡信
あとがき