1991年11月、砂子屋書房から刊行された森岡貞香(1916~2009)の第6歌集。刊行時の著者の住所は目黒区中根。
この歌集『百乳文』はわたくしの第六番目の歌集となる。
第五歌集『黛樹』以後の昭和五十二年より六十年にわたる作品を収めた。がこの閒のすべてではなく處々未整理であるので、なお幾許の作品を残したまま氣儘に編んだ。
日常の歌、というような形がわたしには好ましくおもわれる。この歌集の中には鳥にかかわる歌もいくらか見られるが、人閒よりも鳥がおもしろく見える時期があった。東京灣岸大井の廣大な埋立地に通って、その荒地でのいろいろな鳥との出會もあったが、その事實はわたしの日常に何らかの形成をあたえてくれそうであったものの、大方はいまだ未整理の中にある。
短歌の虚構性ということについて、考えることは多々あるのだが、定型とそこに置かれる言葉と言葉とがお互いがのめりこみあう、といったところに關心がある。
題名『百乳文』は中國の古代青銅展で見た殷前期の高さ一メートルもあ大方鼎にしるされていた文様であった。整然とたてよこに並んだ数多の乳首のその文様はおもしろかったが、「百乳文」という言葉に眼前の文様よりもひきつけられた。
(「百乳文後書」より)
目次
- 氣付き過ぎぬ
- 日常
- 飛天
- 鳴神
- 夜半
- 海に面してある場所
- 竝ぶ舟
- 中庭のある家
- 淵
- 牡丹紙花
- 紅茶
- 眷戀
- 花のへり
- ぶだう
- 琵琶の音色
- 親不知
- 葡萄文樣
- 乳文
- 思ひ立ちし日
- 常のごとくに
- 鈍いろの羽
- 數日
- 白桃
- 修
- 空池
- 夢の外
- 海の中の土地
- 牡丹
- ふるきいくさ
- 西へ下りし日
- 渡りの空
- 玄弓
- 南池
- 沼太郎
- 帚木
- かんあふひ
- 御苑の薔薇
- 多摩川べり
- 見ゆるならん
- 守勢
- 夏をはるころ
- 羽
- 雨覆羽
- 山の家
- おもひ
- 茂吉展にて
- 椅子を置きて
- 周邊
- 悼
- 雜歌
- 斑鳥
- 川瀬
- 砂濱
- 飾り
- 空閒
- 埋立地の葦
- 那須
- 冬鳥
- 富士山麓
- 白き夜
- 位置
- 樱五題
- しろき膜
- 南面
- 薄荷
- 鴉
- 山家晚夏
- 種牛と乳牛
- 芒
- 彼は誰
- 願文
- 百日の紅
- 木槿
- 菊花展
- 韮の細葉
- 草の葉
- 氣流
- たちあふひ
- 花喰鳥陶枕
- 落葉
- 過ぎゆく
- 堅襟
- 忌の日に
- 乙丑春
- 春日
百乳文後書