2001年5月、集英社から刊行された日野啓三(1929~2002)の短篇集。装幀は菊地信義。装画は『ピラネージの黒い脳髄』
一九九〇年代のほぼ後半に、単発で(つまり連作を意図することなく)書いた短篇を集めた。世紀末であった。オウム事件や神戸の大地震などの事件があいつぎ、経済不況がじわじわと進行していた。その上、私個人も九〇年の腎臓ガンのあと、膀胱、鼻腔などのガンの入院手術が続き、きつい時期だった。
そのためだろう、これらの作品も暗い色調のものが多い。意識の領域が外側に広がるよりも、いわゆる無意識の深みに沈潜して、暗さの極限で何らかの光の予感を手さぐりしていたような具合だ。その意味で「梯(きざはし)の立つ都市(まち)」と「冥府と永遠の花」の二篇は打開の可能性を天と地下へと垂直の方向に予感しようとした試みとして、この時期の象徴的な作品と考え、一作のタイトルを作品集全体のタイトルとしても使うことにした。一個のまとまった作品としては 「踏切」や「ここは地の涯て、ここで踊れ」などの方が、作者自身としては気に入っているけれど。
私自身は二十世紀が終って二十一世紀になったちょうど二○○一年一月一日に、クモ膜下出血で倒れて、いまも自宅療養中で、世紀末の暗さを抜けきってはいないが、真の光は暗き心の底で耐え続けた涯てに予感できることを信じて、いまもいわばこの短篇集に続く想念の冒険として、『ふたつの千年紀(ミレニアム)の狭間で』という短篇連作をいのちの限り書き継いでいる。日野啓三
二〇〇一年四月(「あとがき」より)
目次
- 黒よりも黒く
- 先住者たちへの敬意
- 闇の白鳥
- 梯(きざはし)の立つ都市(まち)
- 踏切
- 冥府と永遠の花
- ここは地の涯て、ここで踊れ
- 大塩湖(グレートソルトレーク)から来た女性
あとがき