1983年1月、気争社から刊行された井坂洋子(1949~)の第1エッセイ集。装幀は芦澤泰偉。
大学を卒業してこのかた、文章を書く習慣もなく、二十代も終わりにきた、ある日、小説の書評の依頼がきた。そのあとも原稿を書く機会を与えられた。本書はその半ば以上を収めている。
既製の表現には頼らず、独自の破れめからつくり手の真性な地がねが透いて見えるような詩、小説、音楽、映画は、人を動かす力を持っている。動かすだけではなく、人を動かす力を持っている。動かすだけではなく、人をまきこむ力を持っている。私はそれに快くまかれながらうわ言を呟く。ここに収められた断片的な文章には、うわ言をいう愉しさと、対象から与えられた感動のもとを手繰り寄せ、切り開き、分析して文章に定着する苦しさが渾然一体となっている。又、原稿を渡しにいって、それを開き、向こうむきに差し出すときの快感と恐怖を、どの文章でも味わっている。人とは少しでも違う、私なりの見方がそこに書いてあるかどうか、書き手やつくり手が発見した、どの人間も無意識に共通に持っている普遍的な心理に光をあて、その表現を「科学する」ことができたかどうか、心もとない気がする。けれども、私の感受性が死なない限り、感動の筋道を辿っていきたい気もつよくする。作品と出会うことで、私が 有機的な一個の肉体を持つことを識るのは喜びだからだ。
(「あとがき」より
目次
Ⅰ
- ナンセンスなボール
- 話は逆
- 狂態を装う
- 生理以後・同世代の詩
- 異種の花を求めて・展望'83
- 現代詩時評・'81-82
- 切れ目に抗う手段
- 濃密な関わり
- 通俗の力を借りて
- 同じ高さにある眼の位置
- 詩はまだこんなところにいる
- アルコールの匂いと男女のざわめき
- 読みものとしての詩
- リュックと帽子と耳
- 不良は泣き虫
Ⅱ
Ⅲ
- 濃紺の内界・自註の試み
- うまい話
- 地下へ通じる。
- 怠け者の旅
- サウンド・ノート
- いもむしごろごろ
- 目覚めの時間
- つまらなさがちょうどいい
- フィルム・トラック
- 「普通」という重い枷
- 「機械仕掛けのピアノのための未完成の戯曲」のキー
- 酒場では笑えない
- 現代女優論
Ⅳ
- 書物への手紙
- 感度のいい人・田中小実昌『ビッグ・ヘッド』
- 孤独と夢を描く・津島佑子『光の領分』
- 性から見た恋・青野聰『猫っ毛時代』
- 古典的で残酷な美・吉行理恵『井戸の星』
- 正義を語った作品・堀田あけみ『1980 アイコ十六歳』
- 論理を純粋培養する姿勢・山川健一『さよならの挨拶を』『窓にのこった風』
- 自由への思慮深い歩み・清水哲男『詩的漂流』
- 詩の情況に苛立ち示す・清水昶『詩人の肖像』
- 正調の声・田村隆一『誤解』
- 連動する精神の流れ・飯島耕一『夜を夢想する小太陽の独言』
- 透明な趣・天沢退二郎『道道』
- 場面が釣る・川田絢音『悲鳴』
- 「あなぐら」を読む・根石吉久『人形のつめ』
- 私への拘り・板並道雄『夕景』
- 喩の光と動き・荒川洋治『遣唐』
- 空想する権利・相場きぬ子『おいでおいで』
あとがき