明後日の手記 小田実

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 1951年5月、河出書房から刊行された小田実(1932~2007)の長編小説。装幀は小佐治一夫。

 

 「戦後文学」という言葉が、いつしかジャーナリズムの上から消えて、日本の文学界は、ものわかりのよ人々の支配の下に、再びに復したかに見える。戦後文学は終熄したのだろうか。そんなことはありえない。戦後の世代はまだ語りおわってはいない、そして真の戦後の世代はまだ発言していなかったのだ。
 満洲事変のころに生をえて、以来戦争こそ人間の基本的態度と一ずに教えこまれてきたのが、八月十五日以後、平和こそ最高の美徳と知って、驚きつつもようやくこれを自覚しえたころには、またもや現実主義の美名の下に戦争準備の肯定を求められつつある世代、この世代はまだほとんど自己を表現してはぃなかった。小田君の作品は今日十代にある世代の誠実な、そして都会風でやや早熟な自画像の試みである。世代の第一声の一つとして、注目さるべく、また歓迎さるべき作品である。
 清新の声をきくことは、常にそれ自体として爽快だが、この小説は新制高校生の作という事実のみに価値があるのでは、もちろんない。旧文壇的基準にてらして不手際を指摘するのはむしろ容易だろうが、作者は恐らく、そのような基準を無視して、外国文学ならびに中村真一郎氏、椎名麟三氏らの影響の下に、数年来丸山薫氏の指導の下に作詩した経験を生かしつつ、いさなり大胆にフィクションによる自己主張を試みたのであろう。その冒険は評価さるべきであり、一つの新しい方向をひらいたとさえいえよう。ただ流露的な文体を內から支えるベきリヤリズムがなお不十分で、絶望的な結論の出し方にやや少年らしぃ性急さが見られるのも、そのためであろう。
 しかし、この作者のうちにはリヤリズムへの可能性がひそひと推測される。今後の勉強を期待したい。
(「序/桑原武夫」より)

 

 


目次

序文 桑原武夫

  • 第一部 神の黄昏
  • 第二部 迷える小羊らの群
  • 第三部 明後日の手記

あとがき


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